INTERPRETATION

自分の知識は誰のもの?

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 今の時代、パソコンがあればどんな情報でも入手できるようになりました。かつてはデスクトップが主流で、机に張り付いて調べていたことも、今やモバイルパソコンやiPadなどのおかげで「いつでもどこでも」情報を手に入れられるようになったのです。通訳現場でもiPadを見かけることが増え、そのスピードと性能の素晴らしさには目をみはるばかりです。

 そうした技術力を身近に感じ、自分の仕事でもフルに生かしてより良い生産性を目指すことが私たちには求められています。私自身はかなりの機械オンチですので、まだまだ使いこなせていないのですが、「操作が難しいので使えません」と言うことが憚られてしまう時代もいずれはやってくるのではないかと思っています。

 しかし、大量の情報を瞬時に取り入れられる今、そうして得た知識や情報というのはいったい誰のものなのだろうとも思います。大事なのは、自分が取り込んだ情報を自分だけの宝にすることではないはずです。むしろ必要とされるのは、そうして得た知識を自分の「知恵」に変えることだと私は考えます。知恵を使い、人間的にも成長することで、賢者としてより良い社会のためにそうした情報や知識を還元することが求められると思うのです。

 ここ数年、科学分野で日本人がノーベル賞を受賞するようになりました。そうした科学者たちは、自分のため「だけ」に研究をしてきたのではありません。たゆまぬ努力を続けて技術を進歩させることで、世のため人のためになりたいという気持ちがあるのです。文系理系を問わず世界中で活躍する研究者たちも、自らの知識欲を満たすために研究を続けているのではありません。論文や学界における発表が、いずれ後進のために役立てばという思いが存在するはずです。

 情報の入手速度を競うことだけに焦点を当ててしまえば、それはF1マシンやリニアモーターカーが世界最速を狙うこととあまり変わりありません。コンピュータの処理速度短縮のためだけに私たちがパソコンを利用しているのだとすれば、それはPCの技術力アップをお手伝いする消費者モニターと変わらないのです。

 大切なのは、取り入れた情報をより良い未来のために使うことです。情報洪水に溺れず、情報メタボにならず、知恵に変える力を養いたいと私自身、自分に言い聞かせています。

 

(2010年11月15日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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