TRANSLATION

第28回 機械的に訳すと意味不明!④

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。「金融翻訳者になるには」シリーズをことのほか長く続けてしまいましたので、今回は久しぶりに翻訳課題に取り組んでみましょう。「機械的に訳すと意味不明」シリーズ第4弾です。

【課題】(米国債に関する文章という前提で読んでください)

The next ①risk events (e.g., Eurozone labour and inflation data) or any ②risk-off headline may ③partially reverse the recent rise in yields.

一つ一つの単語はそれほど難しくありませんが、全体として何が言いたいのかをしっかり考える必要があります。

①risk events (e.g., U.S. labor and inflation data)

risk eventは「リスクとなるかもしれないイベント」のこと。この場合の「イベント」はいわゆる行事や催し物ではなく、経済的な影響があり得る(影響が生じるリスクがある)出来事のことです。金融の文章に馴染みがない人には抵抗があるかもしれませんが、そのまま「イベント」でOK。文脈によっては「材料」や「要因」も可です。

例えば、「来週の外為市場では、日米欧中銀会合や米朝首脳会談など相次ぐ重要イベントが相場に大きな影響を与えそうだ」(Reuters)のように使われます。

U.S. labour and inflation data(米国の雇用統計とインフレ率)が発表され、それが予想外の結果となれば、国債市場にも影響があるため、それを「リスクイベント」と称しているわけです。例えば失業率が予想より低下すれば、それは景気にとってはプラスですので、国債市場にとっては逆にマイナス材料となることがあります。

※市場には、景気が良くなれば、株式は買い/債券は売り、景気が悪くなれば、株式は売り/債券は買い、という経験則があります。株価は下落した末に、最終的に無価値にもなり得ますが、債券は償還まで保有しさえすれば(そして発行企業が破綻さえしなければ)、基本的に決まった額のお金が戻ってくるため、景気が悪く、先行きに不安がある場合は、株式よりも相対的に安全な債券に買いが集まる、という構図です。逆に、株価はどこまでも上昇する可能性がありますが、債券投資から得られるリターンには限りがありますので、景気が良い場合には株式の方が好まれます。ただ、特にリーマンショック以降は、この経験則が崩れてきている感があります。

さて、先程はlabor and inflation dataを「雇用統計とインフレ率」としました。もちろん、原文通り「労働データ」などとしても意味は通じますが、通常は「雇用統計」「雇用(関連)指標」とします。同様に「インフレ・データ」ではなく「インフレ指標」や「インフレ率」です。細かい話ですけれども、こういった点を少しずつ磨くことで、それらしい文章になって行きます。

②risk-off headline

risk-off(リスクオフ)は、「リスクを避け、より安全な資産への投資を行おうとする姿勢や動き」を指します。逆はrisk-on(リスクオン)。

headlineはそもそも「新聞の見出し」ですけれども、金融の文脈では、「新聞の見出しになるような、市場が注目する事柄、材料」を指すことがあります。そのまま「ヘッドライン」とする手もアリですが、いわゆる「総合インフレ率(headline inflation)」も「ヘッドライン・インフレ」と言われることがありますので、特に指定がない限り、使わない方がいいように思います。

③partially reverse the recent rise in yields

「最近の利回りの上昇を部分的に逆さまにする」。つまり、ここしばらく利回りは上昇(国債価格は下落)していたが、今度は逆に低下(国債価格は上昇)する、ということです。さらに、例えばこれまでの上昇幅は3%であったが、反転後の低下幅は3%未満(例えば1.5%)にとどまった、という状況を表わすために、partiallyが使われています。

reverseは、それまでの利回りや価格の動き(上昇/低下・下落)が止まり、逆方向に動き始める場合に使われます。訳語としては「戻す」「反転する」など。せっかく「上昇/低下・下落」したのに、今度は「下落・低下/上昇」してしまった、というニュアンスから、「打ち消す」「相殺する」や、逆の意味で「取り戻す」もしばしば使われます。

partiallyはそのまま「部分的」でもいいですし、「一部」や、場合によっては「ある程度」なども使えます。

全体の流れを見ますと、

The next risk events (e.g., U.S. labour and inflation data) or any risk-off headline may partially reverse the recent rise in yields.

①米国の雇用統計やインフレ指標の発表など、次のリスクイベント

②(内容は何か分からないが)投資家がリスクオフ姿勢をとるきっかけとなり得るような材料・イベント

③最近、利回りは上昇していたが、主語(①と②)によって、それが部分的にしろ逆に動く可能性がある

となります。以上をまとめ、ですます調で訳してみてください。

【試訳】

次のリスクイベント(米国の雇用統計やインフレ率の発表など)や何らかのリスクオフ材料を受けて、最近の利回り上昇分がある程度相殺される可能性があります。

※カッコ内の雇用統計とインフレ率は、明らかに「発表」を含意していますので、入れてみました。「指標の発表」は「リスクイベント」の最たるものである、というのが市場や投資家の共通認識ですので、特に「発表」を入れなくとも、もちろん話は通じます。

※次回はreverseを使った文章をもう一つ検討してみたいと思います。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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