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金融翻訳ポイント講座

不特定多数の読者が対象となる金融翻訳では、質の高いアウトプットが求められます。 高品質の翻訳を上げるために必要なポイントを丁寧に解説します。

第24回 金融翻訳者になるには(1)

こんにちは。今回から何回かに分けて、「金融翻訳者になり、その後もずっと金融翻訳者を名乗り続ける」ために必要なことを、わたし自身の経験もまじえてお話したいと思います。

どの分野でも、翻訳者になると決めてから専門を決める人と(あるいは同時)、元々その業界で働いていて、その経歴を生かして翻訳者になる人のどちらかのケースが多いでしょうか。わたしの場合は、『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の編纂に関わり、その中で金融と出会い、興味を惹かれ、スペイン語では金融翻訳に需要がないことから、英語で主に仕事を受けるようになりましたので、プロセスはやや特殊ながら、基本的には「翻訳者になると決めてから専門を決めた」ことになります。

わたしと同じく、金融のバックグラウンドがない状態で金融翻訳者を目指している人の場合、不安の第一は「自分の知識で果たしてついていけるのか」ではないでしょうか。

これに対する答えとしては、実のところ、「基本的な知識を一通り身につけた後は、ひたすら努力を継続するのみ」に尽きます。が、それではあまりに抽象的に過ぎるので(笑)、もう少し詳しくお話してみます。

※なおここでは、通常「金融翻訳」に括られることの多い、企業の「会計・経理・財務」は対象外とさせてください。この講座で普段から取り上げているような内容、すなわち
・債券・株式・金利・為替・年金・マクロ経済等の各種レポート
・運用報告書、運用商品説明
・各種リサーチ/レポート
など、狭義の金融・証券翻訳についてお話します。「会計・経理・財務」と「金融・証券」はどちらも「金融翻訳者」に依頼されることの多い分野ですが、本当の意味でスペシャリストになるなら、当然ながらそれぞれの分野で異なる訓練をする必要があります。

よく言われるのは、
1)日本経済新聞や金融業界紙、関連の専門書を読む
2)証券外務員などの資格をとる
3)金融翻訳の講座を受ける
などでしょうか。

まず1)。最近はネット上だけでもかなりの情報量がありますが、特に新聞は、i)常に最新の情報が載っている、ii)内容に信頼が置ける、iii)金融・経済でも様々な分野が網羅されている、という意味で貴重です。

最近では、日経の記事もネット上ならば無料である程度は読めるのですが、途中から有料会員限定の記事も多いため、しばしば歯がみさせられることになります。歯がみだけで済めばいいのですが、翻訳者としての実力にも関わって来るとなれば、けちっている場合ではありません。「資料はお金で買える実力である」とよく言われます。金融翻訳者を名乗りたいなら、まずは先行投資しましょう。これは、お金で買えるモノやサービスすべてに言えることです。

また「日経以外に何を読めばいいのか分からない」という質問が出てきそうですが、それらを自分で探すのも訓練です。金融翻訳では、日々刻々と変わる経済の動きについて行かねばなりませんので、翻訳時に多くの調査を行う必要があります。何かを調査する際に「これについてはこのサイトや本を調べてね」と言ってくれる人はいませんので、その場で自ら開拓しなければなりません。学習段階からその種の訓練をしておけば、必ず役に立ちます。

いずれにせよ、取っ掛かりとしては、やはり日経が一番良いように思います。毎日毎晩読み込んでいれば、そのうち経済全体の動きが分かるようになり、市場ではいま何が注目されているのか、市場の現状はどうなのか、市場は将来をどう捉えているのかが見えて来るからです。これは短期的にも長期的にも、翻訳者にとって非常に大事なバックグラウンドとなります。(逆に言うと、仕事をするようになってからも、日々の情報収集を怠るとあっという間についていけなくなります。例えば本稿執筆時点では、米国の連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル新議長の下院で行った議会証言が注目点です)

とはいうものの、特に仕事を始める前は、自分にあまり関係のない文章を延々と読み続けることはなかなか難しいですよね。「毎日1時間、新聞を読む」などと決めても、そして実際にできたとしても、結局は文字面を追うだけで実は全然理解していない、つまり「やったつもり」で満足してしまいます。後から考えてみれば、わたしもまさにそうでした(笑)。

ただ、これだけでも金融関係のボキャブラリーを「なんとなく」蓄積する役には立ちます。

例えばstock market priceの訳としては、「株価」「(株式)相場」が圧倒的に多く、少し丁寧に言う場合は「株式価格」なども稀に使われます。しかし英語そのままの「株式市場価格」とはまず言いません。

「株式市場価格」でも意味は通じるかもしれませんが、実際には使われていません。このように確たる理由のない用語の使い分けや、ある現象を表す業界独特の表現などは、辞書でもネットでも調べにくいため、とにかくたくさん日本語を読むなかで蓄積して行くしかありません。

また、stock market priceならば辞書に載っている可能性がありますが、例えば米国株式市場の状況をセクターごとに分析する文章で、

The banking sectors weakened following the release of cautious comments by the US Federal Reserve (Fed).

という文章があったとします。この英語では、「銀行セクターは弱まりました」と言っているだけで、「株価」はおろか、「株式」という言葉さえ出てきません。しかし日本語では「株価の話」ということを念頭に置きつつ、

米国の連邦準備制度理事会(FRB)の慎重なコメントの発表を受けて、銀行セクターは軟調な推移となりました。

などとする必要があります。問題は「軟調」「株価/相場下落」「弱含み」といった、stock market priceがweakの場合の日本語表現が頭にあるかどうか。金融の現場を経験したことのない翻訳者がそれらの表現を蓄えるには、関連文章を大量に読むこと。これしかありません。

とにかく読め、ひたすら読め、と言われます。毎日タイトルを追うだけでもかなり違います。ただ、無目的に読み散らかすだけではあまり意味がありませんので、例えば金利なら金利、株式なら株式など分野を選んで、関連する文章があったら絶対に読むと決めるのも効果があります。それでも広過ぎるなら、例えば「米国株」とか「リート(不動産投資信託)」などに絞るのも良いでしょう。

日経ではフォローできないような細かい分野は、ブルームバーグやロイターなどで検索するのも良いと思います。ツイッターでこれらの通信社をフォローしますと、一日に何本か記事タイトルを送ってくれますので、興味深い記事があったら、すぐに読みに行けます。

ブルームバーグやロイターは、原文のタイトルや記者の名前が入っていますので、元の原文を探しやすいという利点があります。

1)について説明するだけで、ずいぶん長くなってしまいました。今回はここまでにして、次回は2)と、できれば3)についてもお話したいと思います。次回をお楽しみに。


第23回 株式ファンドの四半期運用報告書④

こんにちは。前回まで、株式ファンドの四半期運用報告書のうち、「市場概況」「運用成績」「ポジショニング」と見てきましたので、今回は「パフォーマンスへの寄与要因」を訳して、このシリーズを終えたいと思います。

これまで見てきたように、「市場概況」は、経済・市場の全般的な動向や、市場に影響する経済以外の要因(政治やテロ、天候など)についての概説、「運用成績」は、報告対象となる期間(当期)にファンドがどの程度のリターン(利益)を上げたか、あるいは損失を出したか、「ポジショニング」は、どの資産にどの程度のウェイトで資金を振り向けているかを説明する部分でした。今回見て行く「パフォーマンスへの寄与要因」は、個別の株式や債券、戦略がファンドのパフォーマンスに貢献したか、逆に足を引っ張ることになったのか、そうだとすればどの程度か、などの説明をする部分です。

個別の銘柄や戦略が良い/悪い成績だったので、このポジションを①引き続き保有、②積み増し、③削減、④クローズ(解消)するなどの判断につながるわけです。また良好なパフォーマンスが見込めそうな銘柄や戦略があれば、そのポジションを⑤開始/構築することになります。

それでは今回の課題を見てみることにしましょう。

【課題】
The Fund's allocations to international stocks and domestic large-cap stocks contributed to performance, as both strategies outperformed the Fund's benchmark.

まずallocationsは、asset allocation(資産配分、アセットアロケーション)という言葉があるように、資産をどの資産に配分するかということ。クライアントの好みに合わせる必要がありますので、一概には言えませんが、文脈によって「ポジション」「戦略」としたり、あえて訳さなかったり、説明的に訳したり、いろいろです。

international/domestic stocksは「グローバル株式」と「国内株式」。説明的に「世界の株式」「国内の株式」などとすることもあります。「株式」は「銘柄」でもOKです。(「インターナショナル株式」という日本語は、わたしの経験では見たことがありません)

またこのファンドが米国のファンドであるとすると、当然ながらdomesticは「米国の」ですから、「米国株式/銘柄」も可です。

large-cap stocksは「大型株」。

以前も説明しましたが、large-cap equities(大型株)は時価総額が大きめの銘柄ということ。大型株は発行株式数が多いため、流動性が高く(つまり売りたい/買いたい時に売りやすい/買いやすい)、株価が安定しやすいという特徴があります。逆にsmall-cap equities(小型株)は株価が変動しやすいため、運用次第では高いリターンにつなげることができる反面、損失も大きくなる傾向があります。

benchmarkは、ファンドや投資信託が運用の参考としている指標のことです。日本株式の運用時の指標としては、日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)、米国株式市場では「S&P 500種指数」「ダウ工業株30種平均」などがよく用いられます。例えば当期のS&Pの成績が+2%のところ、そのファンドの成績が+5%であったならoutperform、+1%であったならunderperformとなります。訳としては、「ベンチマーク」「参考指標」など。

次にstrategies。日本語で「戦略」というと、なにやら大仰で、複雑な操作が必要な感じがしますが、今回の場合はシンプルに「世界の株式」「国内(米国)の大型株」にallocations to=資金を配分、すなわち「購入する」ことを指しています。

ファンドによっても異なりますが、要は、個別の銘柄(例:トヨタ株、Apple社債、米国10年国債など)ではなく、幾つかの資産をまとめて運用する場合に「戦略」と呼ばれることが多いように思います。今回のように「米国の大型株を購入する(ロングする)」といったごくシンプルなものもあれば、複数の資産クラス(株式、債券、為替など)を購入(ロング)/売却(ショート)し、さらにはオプションなどデリバティブ(派生商品)を絡み合わせるなど、非常に複雑な手法も存在します。一つのファンドの中で、複雑怪奇な「戦略」が何十も存在し、それらを理解するだけで一苦労、ということもあります。これについては、いつかお話できればと思います。

さて、内容の理解だけでずいぶんと紙幅を使ってしまいました。以上を頭に入れ、ですます調で訳してみましょう。

The Fund's allocations to international stocks and domestic large-cap stocks contributed to performance, as both strategies outperformed the Fund's benchmark.

【試訳】
・「グローバル株式」戦略および「米国大型株」戦略がパフォーマンスにプラスに寄与しました。いずれも当ファンドのベンチマークをアウトパフォームしたことが背景にあります。
・「グローバル株式」戦略および「米国大型株」戦略がいずれもベンチマークを上回って推移した結果、当ファンドのパフォーマンスにプラスに寄与することとなりました。

contributed to performanceは「パフォーマンスに貢献」ですが、運用報告の場合、多くは「貢献」でなく「寄与」という単語を使うことが多いように思います。

また今回は文脈から「プラス方向」の貢献であることが明らかですので、「プラスに寄与」としました。英語でもcontributed positively/negativelyとなどと表現することがあります。negativelyの場合は当然ながら「マイナスの寄与」です。


第22回 機械的に訳すと意味不明!③

こんにちは。運用報告書が続いて、筆者も少し疲れてきましたので(笑)、今回は「機械的に訳すと意味不明」シリーズ第3弾をお届けします。

【課題】
A weakening Sterling periodically is a major concern.

短いのにかなりの難物です。まずもって問題はperiodically。そのほか、A weakening Sterlingも気になります。このように動きを示す表現や比較級が名詞句に入っていると、日本語ではなかなか処理が難しいですよね。しかし上下や増減、頻度を話題にすることが多い金融の世界では、この手の文章が頻出します。マネーが動き、市場が動き、世の中が動くことこそが金融の世界だからです。よってA weak Sterling is a concern.だったらどんなに良かったか、とグチを言うのはやめて、さっそく見て行きましょう。

と、せっかくですのでA weak Sterling is a concern.の訳を考えてみましょうか。

弱い英ポンド/英ポンドの弱さ/英ポンド安/安値圏で推移する英ポンド

懸念となっています/懸念されます/懸念されています/懸念材料です/懸念要因となっています。

こんな短い文章でも、ずいぶんとバリエーションを作れるものですね。主語の訳にどれを選ぶかは非常に微妙ですが、文脈によってどれか一つしか使えない場面もあると思います。よって慎重な検討が必要です。動詞部分も同様。

それでは改めまして課題を見て行きましょう。

A weakening Sterling periodically is a major concern.

まずA weakening Sterling。先程も使った「英ポンド安」は、「英ポンド相場が安値圏にあること」と「英ポンド相場が下落基調にあること」の両方を示すことができるように思いますので、weakening Sterlingの訳として使うことも可能です。

そのあたり、日本語は曖昧といえば曖昧ですので、十分な紙幅があって、しっかり動きを示したい場合は、上記の「下落基調にある英ポンド」とか、「英ポンドの弱含み」「弱含みで推移する英ポンド」「英ポンド安の動き」など、様々な表現が可能。(「英ポンド」だけでなく「英ポンド相場」とした方が、きちんとした感じになります)

concernの部分は、上記で挙げた「懸念されます」「懸念材料(要因)です」などでしょうか。「材料」「要因」は、金融らしい文章にするために非常に便利な言葉ですので、ぜひ使いこなせるようにしておきましょう。

例えば、The returns were boosted by sterling weakness.を「英ポンド安がリターンを押し上げました」ではなく、「英ポンド安がリターンを押し上げる要因となりました」とすると、ぐっと「それっぽく」なります。

さて、最後にperiodicallyです。

辞書を引きますと、第一義として「周期的な、定時の」などとありますが、為替市場の仕組みから言って、英ポンド安が測ったような間隔で起こるとは考えにくいので、「一定の時間ごと」を連想させる言葉はNG。辞書の第一義そのまま、あるいは字面の印象そのままの「機械的な訳」だなあ、と思われてしまいます。筆者は、「英ポンド安がなにかにつけて起こる」と言いたいのであって、例えば「1年ごとにきっちり起こる」と言いたいわけではありません。

このperiodicallyは、周期はともかくも「時おり起こる」の意味。「たびたび、しばしば」の語義を載せている辞書もあります。

なおperiodicallyはその位置から言って、文全体やa major concernではなく、A weakening Sterlingに係っていることが明らかですので、これも注意しましょう。

最後の難題。periodicallyとA weakening Sterlingをどのように日本語の主語としてまとめるか。考えてみてください。上記で候補として挙げた訳を単純に組み合わせるだけでは解決しませんので、検討が必要です。

【試訳】
・しばしば生じる英ポンド安が、大きな懸念材料となっています。
・繰り返し英ポンド安の動きが見られることから、これが大きな懸念材料として挙げられます。

2つめはちょっとしつこいかなという印象ですが、前後の文脈によっては使えると思います。「繰り返し」もちょっと踏み込んだ訳ですので、文脈によっては注意が必要です。

このように短い文章でも本当にいろいろとポイントがあるものですね。上記以外に、幾らでも訳のバリエーションは作ることができますので、限界にチャレンジしてみてください。


第21回 株式ファンドの四半期運用報告書③

こんにちは。前回に引き続き、ある株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。今回は「ポジショニング(positioning)」。ファンドによっては、「投資行動」などと呼ばれる部分です。

例えば株式を中心に運用する「株式ファンド」でも、どのセクター(業種)に投資するか、また具体的にどの銘柄(企業)に投資するかは、ファンドによってそれぞれ大きく異なります。

様々な資産クラス(asset class)に投資するマルチアセット(multi-asset)ファンドですと、株式、債券(国債・社債)、不動産、国際商品(コモディティ)、通貨、キャッシュなどの資産への配分割合を決め、さらにそれぞれの資産について、投資対象とする国・地域とセクターを選定し、実際に投資する個別銘柄を決定し、さらにはそれぞれの銘柄にどの程度の資金を振り向けるかを決めなければなりません。

これが「ポジショニング」であり、最終的に決まった各資産の保有分を「ポジション」「組み入れ」「持ち高」などと呼びます。すべてのポジションが定まった結果として、ファンドのポートフォリオ(資産の組み合わせ)が完成します。

※ポートフォリオの構築には様々な手法があります。上記では、資産→国・地域/セクター→個別銘柄へと決定していくように書きましたが、個別銘柄の選定を優先する手法もあります。これら「トップダウン・アプローチ」「ボトムアップ・アプローチ」は、資産運用会社の運用方針などで頻繁に目にする言葉ですので、興味のある方は詳しく調べてみてください。

さて、ファンドの設定時に決めたポジションは、多くの場合、市況の変化と共に変更を加える必要が出てきます。例えば株式では、単純に言って下落が見込まれる銘柄を持っていては損ですし、上昇が見込まれる銘柄を持っていないと、得られるはずの利益を得られないかもしれません。そのため、なるべく多くの利益(リターン)を確保できるよう、その局面に合わせて資産配分を工夫するわけです。

そしてファンドが資産を購入・売却、追加(積み増し)・削減した時は、顧客への報告が必要となります。今回の課題では、運用報告書のうち、そうしたポジショニングの部分を訳してみましょう。

We ①took profits on our position in AAA before exiting it. We ②invested proceeds to increase our position in BBB which offered attractive returns.


①took profits on our position in AAA before exiting it

AAAは銘柄(企業)名だと思ってください。our position in AAAは、ファンドがAAA社に配分した資金そのもの、あるいはファンドが保有するAAA社の株式そのものと捉えると分かりやすいかと思います。訳としては「ポジション」「配分」「組み入れ」など。

exitingは、「ポジションの解消」、つまりそのポジションをすべて売却することを意味します。ここではAAA社の株式をすべて売ったということです。ポジションの解消を示す英語は、exitのほか、closeやremoveなども使われます。日本語は、「解消する」に加えて、「クローズする」や「手仕舞う」など。(このあたりはクライアントの好みが反映されますので、指示があればそれに従います)

take profitsは「利益を確定する」。

例えばAAA社の株式を1株100円で購入したところ、1年間で120円に値上がりしたとします。ファンドとしてはもちろん喜ばしいことですが、株価が幾らになろうと、実際に株式を売って20円を手にしない限り、本当に利益を上げたことにはなりません。このように、資産を実際に売却して、購入代金との差額を手にする(利益を実現する)ことを、英語ではtake profitsと言います。日本語では「利益の確定」とか、「利食い売り」などが使われます(後者は若干砕けたイメージですので、使う際には注意が必要です)。

逆に利益を確定する前、評価額の上で利益になっているだけの状態は、「評価益/含み益」、損失になっている状態は「評価損/含み損」です。評価損が大き過ぎて売るに売れない状態を、俗に「塩漬け」などと言いますが、運用報告書の翻訳では決して使わないでください(笑)。

なお、英語はbeforeになっていますが、AAA社のポジション解消=株式の売却=利益確定ですので、「~する前に」や「〜した後に」など、あまり時間に差があるような表現は避けましょう。

②invested proceeds to increase our position in BBB

proceedsは「売却代金、売却益」。この文章でも、①と同じようにtoの前と後ろの行為はほぼ同時進行ですので注意しましょう。

またinvestではありますが、AAA社の株式を売って得た資金をBBB社の株式を買い足すために使用した、ということですので、「売却益を投資して、BBB社のポジションを増やす」などの表現はかなり違和感があります。ここは普通に「使用して」などの言葉を使った方が良いでしょう。(なおBBB社のポジションを新たに設けた場合は、「ポジションを構築」などと言います)

株式を買い足すことは、「ポジションを積み増す/追加する」「組み入れ/配分を増やす」など。

さてそれでは、「ですます」調で全体を訳してみてください。

We took profits on our position in AAA before exiting it. We invested proceeds to increase our position in BBB which offered attractive returns.


【試訳】
・AAA社のポジションを解消し、利益を確定しました。その売却代金を用いて、魅力的なリターンを提供するBBB社のポジションを積み増しました。
・AAA社のポジション解消、利益確定後、その売却益にて、リターンに妙味のあるBBB社の組み入れを拡大しました。

※英文ではどちらもWeが主語になっていますが、運用報告書で「私たち/我々」などと訳すことはほぼないと言っていいでしょう。訳すとしても「当社」「当ファンド」「当戦略」などで、訳さないケースが多いように思います。(逆に、Weで始まる文章が延々と続いているのに、なるべく主体がはっきりするように訳してくれ、と言われて困ることもあります)

※ポジションに特に変更がなかった場合は、
There were no significant changes to the fund positioning over the period.
当期、当ファンドのポジションに大幅な変更は加えませんでした。
などの文言が掲載されます。


第20回 株式ファンドの四半期運用報告書②

こんにちは。前回に引き続き、ある株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。今回は「運用成績」です。当然ながら、報告書の中で最も重要であり、投資家が最も注目する部分ですので、力を入れていきましょう。

The Fund returned 4.6% with ①all distributions reinvested, for the quarter ended March 31, 2017. ②The Fund's benchmark, Russell 2000® Index, returned 3.2% in the same period.


①all distributions reinvested

distributionsは「分配金」。株式で言う配当のことです。

投資信託/ファンドなどでは、一定期間ごとに「分配金」(要するに利益の分け前)が支払われるものが多くありますが、逆にまったく分配を行わず、得られた利益をすべて留保/再投資に振り向けるものもあります。

投資家に分配金を支払うには、運用利益から差し引くか、それでも足りない場合は元本(純資産)を取り崩すしかなく、元本が減れば当然ながら運用リターンは下がります。

例:元本100円を運用し、10円の利益が出た場合
1)利益全額を留保 → 純資産=110円
2)10円を投資家に分配 → 純資産=100円
3)5円を投資家に分配 → 純資産=105円

最終的な純資産額から見れば、例1はリターン10%、例2はリターンゼロ、例3はリターン5%になりますが、この間の運用成績は実はまったく同じ10%です。この違いによる混乱を避けるため、投資信託などでは「分配金込み」の運用成績を開示することが多くなっています。

all distributions reinvestedは「すべての分配金を再投資」した場合のことで、「分配金再投資ベースで」などとすれば良いでしょう。

②The Fund's benchmark, Russell 2000® Index

benchmarkは、第13回でも説明しました通り、ファンドや投資信託が運用の参考(目標)としている指標のこと。日本株式の運用時の参考指標としては、日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)がよく用いられます。米国株式市場では「S&P 500種指数」「ダウ工業株30種平均」など。

TOPIXは東京証券取引所の第一部に上場されているすべての銘柄から構成されていますが、日経平均は日本の代表的な企業225社、S&P 500種指数は米国の代表的な企業500社から構成されます。ダウ工業株30種平均(Dow Jones Industrial Average)は「工業」という訳になっていますが、実際には多数の業種が含まれます。

これらは大型・優良株が中心の総合的な株価指数ですが、その他にも時価総額(株価×発行済株式数)が小さめの中小型株をカバーした指数があり、今回のRussell 2000(ラッセル2000種指数)がこれに当たります。米国の運用会社Russell Investmentsが独自に開発した指数で、時価総額の小さい約2000銘柄が含まれます(登録商標ですので®がついていますが、日本語に訳す時には「ラッセル2000(種株価)指数」で大丈夫です)。

課題のファンドは小型株を中心に運用しているため、ラッセル2000指数を参考指標にしている、というわけです。当期はファンドのリターンが4.6%であったのに対し、ラッセル2000指数は3.2%ですから、「ファンドの成績がベンチマークをアウトパフォームした」ことになります。

もう一度、課題を通して眺めたうえで、実際に訳してみましょう。

The Fund returned 4.6% with all distributions reinvested, for the quarter ended March 31, 2017. The Fund's benchmark, Russell 2000® Index, returned 3.2% in the same period.


【試訳】
2017年1-3月期の当ファンドのリターンは、分配金再投資ベースで+4.6%となりました。また同期、当ファンドのベンチマークであるラッセル2000種株価指数のリターンは+3.2%でした。

※原文に+/-の記号がなくても、日本語訳では付けるケースが多いように思います。



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プロフィール

アース(土川裕子)さん

アース(土川裕子)さん
愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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