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カンタン法律文書講座 第十四回 英米法の文書に特徴的な表現 (2)

江口佳実

カンタン法律文書講座

英米法によるカンタン法律文書講座
第十四回 英米法の文書に特徴的な表現 (2)

前回に引き続き、英米法の契約書や法律の条文などに用いられる、特徴的な表現のご紹介です。
毎日暑い日が続きますので、なるべく手短に説明していきましょう。

◆第13回末尾の Force Majeure 条項のモデル訳は、こちらです。

○ラテン語の表現

ラテン語は、法律に限らず、また英語に限らず、ヨーロッパでは多くの(すべてでなければ)学問で用いられる言語でした。ラテン語はローマ帝国の公用語であり、また帝国崩壊後も、ローマ教会の公用語であったためです。その昔、「学問」といえば、キリスト教学でしたので。法律用語にもラテン語がたくさんあり、現在でもよくお目にかかります。
ここでは、もっともポピュラーなラテン語の表現のいくつかを紹介します。

◆bona fide = in good faith

“ボーナ・ファイディ”と発音し、「善意の(で)」、「信義誠実にしたがって」と訳します。
たとえば、Aさんが中古車販売業者のB社から、車を買いました。きちんとした売買契約書を交わし、Aさんは代金を全額払い、車を手に入れました。ところが後日、Cさんという第三者が現れ、「その車は私のものだから返してほしい」とAさんに言います。B社は、車の本当の所有者Cさんに無断で車を売ったのです。でもAさんはそれを知らずに買いました。この場合のAさんを、bona fide purchaser といいます。

【例文】

Dealer warrants to Bank as of the Effective Date and throughout the term of this Agreement that each Card Sale will arise out of a bona fide sale of Goods by Dealer and will not involve the use of the Card for any other purpose.

【訳文】

ディーラーは銀行に対し、本発効日において、かつ、本契約の全期間を通して、個々のカード売買が、ディーラーによる善意の物品売買から生じるものであり、かつ、その他のいかなる目的によるカードの使用も関与しないことを保証する。

上の例文は、クレジットカードの発行者である「銀行」と、クレジットカードの取扱店である「ディーラー」の間の契約書の一部です。Card Sale というのは、そのクレジットカードを用いた買い物を指します。
ここでの bona fide sale = 「善意の売買」とは、その店で行われた買物でクレジットカードが使用された場合に、そのクレジットカードが盗難カードであるなどの不正な使用ではないことを意味します。これは、不正使用を見抜くことが絶対の義務として「ディーラー」に課されているのではなく、「ディーラー」が当然見抜くべき不正以外では、bona fide な売買であるとして、責任を免除されることになります。しかしたとえば、盗難カードの番号が「ディーラー」に予め通知されていて、その番号のカードが使われたのに「ディーラー」が気付かなかった場合は、bona fide と認められない場合もあるでしょう。

inter alia = among other things

“インター・エイリア”と発音し、「とりわけ」、「なかんずく」と訳します。

【例文】

Licensor and Licensee are parties to the Master Agreement dated as this Agreement, which provides, inter alia, that Licensor will enter into this Agreement with Licensee.

【訳文】

ライセンサーおよびライセンシーは、本契約と同じ日付の基本契約の当事者であり、かかる基本契約は、なかんずく、ライセンサーがライセンシーと本契約を締結することを定めている。

つまり、「他にも色々あるけど、今ここで述べる必要があるのは次のことですよ」という場合に用いるフレーズです。

◆mutatis mutandis = with necessary modifications

“ミュータティス・ミュタンダス”と発音し、「必要な修正を加えて」という意味です。

【例文】

For the purpose of the present Section, Article III of the Master Agreement shall be incorporated into this Agreement mutatis mutandis.

【訳文】

本条の目的において、基本契約の第III条は、必要な修正を加えて、本契約に盛り込まれる。

法律の条文などで見られるのは、
Article X of____ Act 1988 shall apply mutatis mutandis.
といった表現です。
この場合、apply mutatis mutandis は、日本語の「準用する」に相当します。

pro rata = in proporion

“プロ・ラータ(レイタ)”と発音し、「比例して」「案分に」と訳します。

【例文】

If there is less than six months left of the then current Agreement year then ABC Corporation will be required to pay the contract fee for full 12 months. The additional cost for the then current Agreement year will be calculated on a monthly pro-rata basis and invoiced immediately.

【訳文】

現行の契約年度の残りの期間が6ヶ月に満たない場合、ABC社は、契約料を全12ヶ月分支払うことを要求される。現行の契約年度についての追加的な費用は、月割りで計算され、直ちに請求書が送付される。

◆pari passu = with equal step

“パリ・パス”と発音し、「並んで」「同程度に」と訳します。
この表現がもっともよく使用されるのは、ローンや債権発行の条件としての「パリパス条項」です。この条項は、債権者間での支払い順位に優先劣後がなく、債権額に比例して支払われることを定めるものです。

【例文】

The rights of ABC Bank under this Agreement shall, rank pari passu with the rights of any co-financer to the Project without any preference or priority of one over the other or others of them for all purposes and to all intents.

【訳文】

本契約に基づくABC銀行の権利は、あらゆる目的および意図において、一方から他方に対するいかなる優先劣後もなく、本プロジェクトのあらゆる共同出資者の権利と同等である。

その他で、皆さんがよくご存知の表現でいえば、versus (~に対して = vs)、status quo (現状)、de facto (事実上の)、vice versa (逆もまた真なり) なども、ラテン語から来た表現です。

フランス語の影響

前回の「類似表現のくり返し」のところでも述べましたが、英語にはラテン語だけではなくフランス語の影響もあり、とくにノルマン征服以後は「ロー・フレンチ」と言われる、フランス語による法律用語が使われていたので、現在も色んな形でその影響が残っています。

◆今は英語として使用されている単語

contract (契約)、tort (不法行為)、arrest (逮捕する)、court (裁判所)、judge (裁判官)、plaintiff (原告)、defendant (被告)、appellant (上訴人)、 evidence (証拠)、estoppel (禁反言)、decree (判決・命令)、などなど、挙げるときりがないほどです。

contract は現在のフランス語では contrat です。
tort は、動詞 tordre (捻じ曲げる) の名詞形です。
arrest は、フランス語の動詞 arreter (止める、逮捕する) からきています。
フランスの語の evidence には「証拠」という意味はなく、「明白」「自明の事柄」という意味で、形容詞形は evident(e) と、英語と同じですね。
フランス語の「証拠」は、preuve です。英語の prove (立証する) もフランス語だったのですね。

◆形容詞が名詞の後におかれる形

heir apparent (法定相続人)、court-marshal (軍法会議)、malice aforethought (予謀)、notary public (公証人)、force majeure (不可抗力)、などがあります。

heir (相続人) という単語は、最初の h の発音をせずに”エアー”と発音するのも、フランス語の影響です。でも英語の形容詞形 hereditary (世襲の、相続権を有する) では h を発音するので注意しましょう。フランス語の形容詞形では hereditaire で、h を発音しません。フランス語の「相続人」は、heritier で、「法定相続人」は、heritier legitime です。フランス語にも apparent (明白な) という言葉があるのですが、相続権についての意味はありません。英語でも「合法の」という意味の legitimate がありますが、共にラテン語の legitimo からきた言葉です。

malice aforethought は、刑法における「殺人」を認定する際に、犯行の前にmalice aforethought が有ったか否かで、「殺人 = murder」と「故殺 = manslaughter」が区別される、重大な要件です。

force majeure は現在のフランス語でもそのまま、「不可抗力」の意味で用います。

また、heir apparent など、形容詞が後にくる場合の名詞が複数になると、正しくは、heirs apparent、notaries public となります。ただし、heir apparents、notary publics、としている場合も少なくありません。heirs apparents と、両方に s をつけないでくださいね。

今回は、英語の法律文書の中で見られる、ラテン語やフランス語の影響についてご紹介しました。普通の英語とは見かけが違う表現でも、その出処や背景の意味などをしっかり理解してしまえば、何度もお目にかかる表現だと思うので、難しいものではなくなります。

また、こうやって英語におけるラテン語やフランス語の影響を知ってみると、言語が長い時間をかけて変化しながら形成されてきたものであることを感じることができて、面白いと思いませんか。

次回はもう一度だけ、「英米法の文書に特徴的な表現」をご紹介します。
残暑が厳しいですが、元気にこの夏を乗り切ってください!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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