TRANSLATION

Vol.21 翻訳はアート観賞と似ています

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

第21回の今回は、フリーランス日英翻訳者のキャロライン・エルダーさんへのインタビューです。日本と海外を行き来した学生時代の話や、外資系企業でのマーケティング・PR部門での仕事。これからのチャレンジであるアートビジネスへの想い、そしてキャロラインさんにとって翻訳とは?これから大きな可能性を感じるインタビューです!

<プロフィール>
日本・アメリカ・オーストラリアで学生時代を過ごす。ペンシルベニア大学・一橋大学で学び、日本で外資系ブランド企業に就職。その後、外資系広告代理店に転職。2007年から翻訳者としても活躍。アートマネジメントを学ぶため2008年秋に渡米の予定。将来的には、アートマネジメントの仕事をしながら翻訳・通訳業にも携わりたいと希望している。

Q:日本と海外、どちらの生活が長いですか?

生まれは横浜ですが、アメリカ人の父の仕事の関係で、小さい頃はアメリカ(テキサス州ヒューストン)やオーストラリア(パース)で過ごしました。パースは小学校1年から3年までで、残念ながらあまりその時のことを覚えていません。4年生で再びヒューストンに行き、5年生で日本に戻ってきました。母は日本人ですが、家の中ではほぼ英語。それまでの教育も英語環境だったので、日本に帰ってきてからまず日本語ができなくて苦労しました。ヒューストンで日本語補習校に通っていましたが、当時は、自分の見た目が現地の子どもたちと違うことに少しコンプレックスを持っていて、日本語を必死で勉強しようという気は起きませんでした。帰国後はインターナショナルスクールに通いましたが、友達との何気ない会話にも日本語で困ることがあり、日本のドラマを何度も見たり、日本語の歌の歌詞に母がローマ字を振ってくれたのを必死に覚えたりして、日本語を勉強しました。中3でまたヒューストンへ戻り、高3でまた日本に帰ってきて卒業、とほぼ3年のスパンで日本とアメリカを行き来する学生時代でした。

Q:アメリカの大学に進みましたね。

今ではアメリカで暮らすと何か追い立てられるような、自分がいつもがんばらなければいけないような気持ちになって、日本で暮らす方が気持ちが落ち着くのですが、当時は大学は当然アメリカでと考えていました。でもテキサスからは離れたくて、ボストンやワシントンなど東海岸の方で大学を探し、インターナショナルビジネスが学べるペンシルベニア大学を選びました。金融と日本文学を専攻しましたが、専攻する言語が話されている国への留学が必須だったため、大学3年の1年間、一橋大学で勉強しました。その頃に日本の会社でインターンシップを経験し、大学卒業後は日本で働く気持ちが固まってきました。

Q:実際の就職はどうでしたか?

一橋大学に通っていた時、ある就職セミナーに行きました。テーマが「モエエシャンドンのブランディング」。美味しいシャンパンが飲めるかな、くらいの軽いノリで参加したのですが、そこで、マーケティングやブランディングがとても面白そうなものだと気づきました。海外ブランドのお店が続々とオープンしている頃でしたし、外資系ブランドが日本で独特の存在感を持っていることにも興味を惹かれました。大学の仲間は、金融関連での就職が多かったのですが、自分は何か違うことをやりたいと思っていました。高校でフランス語・スペイン語を学んでいたことや日英バイリンガルであることも生かせて、大学で学んだ金融の知識も生かせる仕事をしたいと思っており、結局そのセミナーで出会った、化粧品事業を行なう外資系会社に就職することになりました。

Q:翻訳との出会いはその会社ですか?

この最初の会社での出会いは、通訳の方が先です。マーケティングアシスタントとして、日常的に英語・日本語を使っていましたが、フランスからメーキャップアーティストをイベントに招いたときに、アテンド通訳のほか、メーキャップショーの舞台の上で通訳をする機会がありました。今思えば、通訳をしている!という気持ちはなく、業務の一環と思っていただけなのですが、普段の仕事で英語を使う時とは違い、お客様とアーティストの架け橋になれることにとても充実感を感じました。アーティストの方からの通訳依頼を再度受けた時は嬉しかったですね。書く方では、英語でプレゼン資料を作成したり、海外で書かれた文書を日本語に訳す際のドラフト作成くらいでした。その後、転職先の広告会社で、広報部に配属されましたが、そこで会社概要やプレスリリース、ニュースレターなどの翻訳作業が業務に入ってきました。専属翻訳者というわけではなかったため、イベント企画・運営など様々な業務の中に翻訳があり、大きな翻訳プロジェクトは外注をして、上がってきたものをチェックするという程度でした。しかし、外注したものをチェックしていくうちに、自分もプロの翻訳者としてチャレンジしてみたくなったんです。

Q:それで翻訳業にチャレンジしてみようと思ったのですね?

はい。就職を考えた時もそうでしたが、今乗っているレールとはちょっとはずれていること、今の自分にはないことに興味や関心が惹かれるのだと思います。好奇心だけではなく、きっと小さいころからあちこち引っ越して、一箇所にとどまることに落ち着かないのかもしれません。翻訳という仕事をプロとしてやってみたいと思い始めた頃、ある社内通訳者からテンナインさんを紹介され、今こうして翻訳業を始めるに至っています。日中は仕事があるので夜や休日の作業が中心ですが、翻訳が楽しいので充実しています。

Q:翻訳者としてはまだ日が浅いですが、翻訳の面白さ&大変さは?

実はクリエイティブなことがあまり得意ではありません。絵を描いたり、写真を撮ったりすることはとても下手で苦手です。でも、翻訳の場合はゼロから作るのではなく、今あるものをまず自分の中に取り込み、解釈をし、違う形(言語)にして外に出す “変換”という作業です。そこに面白さがあります。10人訳者がいれば10通りの翻訳ができる。原文に引っ張られることなく、読む相手の顔をまず思い浮かべて、自然な文章だと思ってもらえるように変換していく。自分の中だけでのやりとりですが、ここが楽しいところでもあり、苦労するところでもあります。

Q:9月からまたアメリカに戻るそうですね?

はい。3月末にそれまで勤めていた会社を辞めました。アートビジネスを学ぶために、フィラデルフィアの大学院に行きます。もちろん、翻訳の仕事は続けていきます。

Q:アートビジネスに興味を持ったきっかけは?
先ほどクリエイティブなことは苦手と話しましたが、苦手な分、その世界がどうなっているのだろう、ということに関心がありました。ないものねだり的な感覚なのかもしれません。絵を観たりすることは好きで、海外に行くと必ずギャラリーなどをまわっています。最初の仕事でのアーティストとの出会いもきっかけでしたし、ブランディングやマーケティングの経験、PRの仕事も経験し、翻訳も始めていく中で、何かを極めたいと思うようになりました。今までの自分の経験が余すことなく生かされる仕事です。そんな時に「アートマネジメント」という仕事があることを知りました。作る側ではなく、サポートする側です。資格取得も考え、リサーチしていくうちに美術検定なるものがあることを知りました。この資格を取ろうと昨年の春くらいから勉強を始めて秋に受験しましたが、その過程でもアートビジネスへの想いが深まっていきました。近年、アートビジネス業界が脚光を浴びるようになってきましたが、まだまだ日本と海外のアーティスト間の交流、作品の紹介といったルートは細く、国境を越えたアートの交流はまだ少ないのが現状です。これからの時代にできる何か新しいチャレンジ、それがアートマネジメントという仕事として、自分の中にぴったりとはまりました。

Q:アートビジネスと翻訳とのつながりは?

私の中では切り離されたものではありません。アートビジネスにおいては、翻訳や通訳という作業も必要になってきます。アーティストの作品を国境を越えて紹介し、その活動をサポートするためには、当然言葉を含む文化的な壁を越えることが必要になってきます。アーティストは作品作りに集中し、私は自分が培ってきた経験・スキルすべてを使ってサポートをする。今、こうして翻訳の仕事をしていることもその仕事に生きるし、逆にそこでの経験や知識が翻訳の中で生きてくると思います。アート関連の翻訳にももちろん興味がありますが、いろいろな内容の翻訳をやっていきたいです。自分の場合、興味の範囲が広すぎて、何かに絞った方がいいのかもしれません。欲張りですね。将来的に翻訳や通訳の仕事もどんどんしていきたいと思っています。

Q:翻訳者を目指す方へのメッセージをお願いします。

特に英訳を希望する日本語ネイティブの方には、ジャンルを絞らず、または好きなジャンルでいいので、どんどん英語を読むことをお勧めします。翻訳者としては、ある程度のライティングスキルも必要になると思いますが、書く練習ではなく、目からその表現を自然に吸収できると思います。私は特に翻訳の勉強をしたわけではありませんが、必死に日本語を勉強した時のことを思い起こすと、とにかく音を聞いたり、文字を読んだり、自然と体にすりこんでいたような気がします。日常生活の中に自然に英語を取り入れて生活することもいいですね。

Q:アートは難しい、と思う方にも何かアドバイスを。

よく美術鑑賞の方法がわからない、という声を耳にしますが、私も分かりません。以前は、分からないから避けていました。でも、一定の鑑賞方法なんてないことが分かりました。自分が気持ちいいと思う見方でいいんです。これは好き、これは嫌い、でもいいと思います。そういう答えがないことに魅力を感じられるのではないでしょうか。ある意味、翻訳という仕事も決まった答えがないものを自分で感じて考えて見つけていく・・・、こういうところが似ていて面白いのかもしれません。

<編集後記>
アート観賞と翻訳、一見何の関連もないようなことですが、自分というフィルターを通して作品/原文を解釈していく、という過程が似ているという言葉に納得しました。私も絵画の鑑賞の仕方が分からず、美術館から足が遠ざかっていたのですが、これを期にアートの世界に触れてみたいと思います。そうやって自分が感じることに向き合う作業が、翻訳にも生きてくるだろうな、と思いました。キャロラインさんの益々の活躍をお祈りします!

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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