TRANSLATION

Vol.23 たどり着いた在宅翻訳 子どもと同じ空間にいる安心感

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

第23回は、金融分野を中心にフリーランスで活躍する堆 史乃さんへのインタビューです。小学2年生のお子さんとの時間を大切にしたい、と在宅翻訳者の道を選んだ堆さん。留学、”金融”との出会いと翻訳業の始まり、そして子育てと仕事の両立についてなど、飾らない言葉で語ってくださいました。

<プロフィール>
英文学科卒業後、営業職を経て、アメリカの大学で経営学を学ぶ。帰国後、外資系証券会社2社に計12年間勤務。その後、在宅翻訳者に転身。金融特に債券関連の翻訳を中心に活躍。通訳の勉強も続けるなど、知的好奇心を満たしながらスキルアップへの意欲を欠かさない一児の母。

「翻訳」を仕事として考え始めたのは、子育てのために勤めていた会社を退職したことがきっかけです。現在、小学2年生の息子がいます。最初のうちは保育園に子どもを預けて会社勤めをしていましたが、やはり息子と一緒にいる時間を長くとりたいと思い、幼稚園にあがるのを機に退職をしました。子供が小学校へあがるころには何か仕事を始めようと思い週に何日か外にでることも考えましたが、それも実際は難しく少しずつ在宅で翻訳の仕事をしようと思うようになりました。
会社勤めを辞めるまで、証券会社2社に計12年間勤めましたが、金融業界に身をおいてある程度の専門知識や業界経験を身につけていることや自分の英語力を生かせるということで少しずつその方向性に傾いていったのだと思います。

Q. それまでの会社勤めの中で、翻訳に関わることが多かったのですか?

英語を日常的に使ってはいましたが、営業職でしたので翻訳そのものに関わっていたわけではありません。ただそれほど規模の大きな会社ではなかったので、基本的に多くのファンクションを自分でこなすことが求められ、内部使用のものは大抵自分で訳したり英語を書いたりしましたが、オフィシャルなものや量が多いものは翻訳を外注していました。上がってくる翻訳を見ると素晴らしい出来栄えのものもあれば、全面的に直す必要のあるものもあり、「これだったら私でもできるな・・・」と思ったことも正直ありました。ただ今自分が翻訳業を始めたことで、限られた時間と情報の中で、高品質の翻訳を提供することがどれほど大変なことかを、身をもって思い知らされています。

Q. 翻訳業のスタートは順調でしたか?

まずは翻訳エージェント数社のトライアルを受けましたが、その時まで翻訳業界についての知識などはほとんどなかったので、エージェントからの反応は一つ一つが新鮮でした。あるエージェントからのフィードバックでは、きれいで読みやすい日本語だけれど意訳気味なので一字一句忠実に訳してほしいと言われ、次のトライアルで忠実さを重視したところ、もっと読みやすくすっきりとした日本語で仕上げてほしかった、と言われました。そのさじ加減が今でも難しいところです。初めは一カ月に1、2件程度の翻訳依頼でしたが、できるだけ丁寧に仕上げる様心がけたところ依頼が少しずつ増えていきました。翻訳の内容ももちろんですが、誤字脱字を含めたケアレスミスはエージェントの信頼を失う最も大きな要素のひとつだと思っています。 また依頼があまり多くなかった時期には通訳の短期コースにも通いました。通訳の勉強も宿題と予習・復習で大変でしたが勉強するうちに面白くなっていきました。現在も通訳学校に週2回通っています。まだ通訳というスキルを習得できるか全く分からない状態ですが、翻訳をする上でも通訳学校で学んだことが活かされますし、自分にとって良い刺激になっています。

Q. 留学、そして「金融」との出会いはどのようなものでしたか?

社会人になり数年してから、アメリカの大学に留学しました。その当時はまだ「金融」という分野に強い興味を抱いていたわけではありませんでした。しかしそのころ父親が証券会社に勤めていたこともあり話を少しずつ聞くうちに漠然と卒業後は金融へという思いを持っていたのかもしれません。大学では経営学を学びました。全く下地のなかった私にとってその内容はとても新鮮でした。世界中から学生が集まるなかでビジネス戦略の討論などができたことは今でも私の財産であると思っています。この留学を通じて英語を自分のものにしたいという思いはあったので、今の翻訳業の下地となる語学力がここで培われたことになると思います。
2年間の留学生活を終え、外資系の証券会社に就職しました。金融経験のない私にとって就職活動は容易なものではありませんでしたが、私を採用し、一から育ててくれたその会社の上司には今でも心から感謝しています。あの方たちがいなければ今の私はありませんから。

Q. そしていよいよ金融の世界に・・・


就職してから数年間は必死で、時間を忘れるほど勉強しました。そして勉強をすればするほど面白くなっていったのには不思議です。金融に関する用語は日々変わっていきますし、勉強をしてもこれで終わりということはありませんでした。その後転職した先も証券会社ですが、2社を通じて主に債券に関わる仕事でした。
「金融」といってもその範囲は非常に広く金融業界で働いている方々がそれぞれ専門とする分野はさらに狭いものだと思います。例えば私の場合ですと、債券の中でもクレジットデリバティブといった分野を主に担当していたため、株式については専門ではない、というイメージを持ってしまいます。翻訳者として専門分野は?と尋ねられれば金融です、と一般的には答えますが、これまで頂いた翻訳依頼の中で、自分の専門分野と呼べるものに出会うことは本当に数えるほどしかありません。ですから金融業界での経験は確かに今の仕事に十分生かされていると思いますが、それに甘んじず日々勉強を重ねる必要があることを実感しています。

Q. 金融専門の翻訳者を目指している方へのアドバイスをお願いします。

アドバイス、といえるほどのことは申し上げられませんが、きっと翻訳者を目指している方でしたら、学校などで翻訳の勉強をされていらっしゃるでしょうし、特に金融に特化した翻訳の講座を受けたりなどされていると思います。私も通信教育で金融専門の講座を受けました。そこでは、広く金融・経済について学ぶことができ、私のように債券のある部分でのみ実務を積んだ人間にとっては総合的に金融知識を翻訳という視点から学ぶことができる良い機会でした。翻訳文書の内容によっては現場を経験したことがないとわからないことや浮かんでこない表現などがあるかもしれませんが、一般的な内容にとどまるものであれば、金融業界での経験がない方でも学習を積むことで対応できるようになるのではないかと思います。また、エコノミストが書く英語は平易ではなく、凝った表現が使われることがあり、訳していて悩むことが多いものです。しかし今はインターネットでありとあらゆることが調べられますから、業界経験がないことをそれほどハンデと感じなくてもよいのかもしれませんね。今通っている通訳学校の先生が、「この分野では天才はいない、努力した人だけが上へあがっていく」とおっしゃっていました。翻訳も同じだと思います。英語が分からない時には、ネイティブや帰国子女の方をうらやましく思いがちですが、金融業界の経験がなくとも努力でものにできる部分は多いと思います。

Q. 最後に、子育てをしながら翻訳業を始めたい方にメッセージをお願いします。

初めは子供が小学校に上がるころから少しずつ外で働こうという考えを持っていましたが、結局子どものために家にいることを選びました。低学年のうちは帰宅時間が早いですし習い事の送り迎えなどもあり実際のところ難しかったということもあります。自宅で長時間パソコンに向かう仕事はそれなりに大変で自己管理も求められます。それでも子どもが学校から帰ってきたときに家で迎えてあげられることや、学校の行事や予定に自分の仕事のスケジュールを合わせられることは大きなメリットだと思います。また、仕事中は子供と一緒に遊んだり勉強を見てあげたりすることはできなくても同じ屋根の下にいるという安心感を私も子どもも持っています。また忙しいときには夫に家事をお願いするなどしてやりくりしています。夫がどれほど翻訳という仕事を理解しているのかわかりませんが、それなりによく手伝ってくれていると思います。そういう面では助かっていますね。主婦の方ですと、子育ても家事も完璧にこなしたい、と思う方もいらっしゃると思いますが、やはりある部分で手抜きも仕方がないかと思います。
また不定期ですが、テニスをしています。太陽の下で体を動かして汗をかくことが気分転換になります。在宅翻訳者の方々はそれぞれ気分転換で工夫をされていらっしゃるでしょうね。

<編集後記>
今回は会社を飛び出して、美味しいお茶をいただきながらのインタビューでした。そのせいか時間が経つのを忘れてしまうほど、堆さんと話し込んでしまいました。週2回の通学やテニス、お子さんとの時間、主婦としての仕事・・・、実際には時間に追われる毎日のようです。それでも疲れたご様子もなくさわやかに明瞭な言葉で思いを語ってくださった堆さんに憧れてしまいました。私もいつかは子育て+仕事の両立、実現したいな!

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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