TRANSLATION

Vol.27 90歳でも翻訳を!

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

第27回 真弓 道代さん  Michiyo Mayumi
今回ご紹介する真弓道代さんは、日本人のご両親の元、生まれてから27年間を北米で過ごした日英翻訳者です。「言葉は環境の産物」というように、英語圏での生活から英語をネイティブ言語として日本語も流暢に操る真弓さんが、日本で翻訳業を始めたきっかけは?5歳と7歳のやんちゃな男の子のお母さんでもある真弓さんに、初めての翻訳の仕事や、リフレッシュ術、英訳者を目指す方へのアドバイスなどをお聞きしました。

<プロフィール>
アメリカ生まれ。カナダで教育を受ける。結婚を機に9年前に来日。英会話インストラクターを経て、フリーランスで翻訳を開始。個人伝記やエッセイ等、文芸作品のほか、ビジネス全般の英訳も行う。育児・家事もこなしながら仕事にも力を入れる2児の母。

Q. アメリカ生まれのカナダ育ちとお聞きしました。
はい、両親はともに日本人です。そのため家庭での言語は日本語で、特に母が厳しく、幼稚園まではほぼ日本語だけしか話しませんでした。小学校は地元の学校に通いましたので英語環境になり、だんだん日本語がおかしくなっていきました。私を含め4人兄弟なのですが兄弟間の会話は英語で、一方両親特に母親とは必ず日本語、というバイリンガル環境でした。今思えば日本人のアイデンティティを持つ身としてこうして日本語を話せるのも、母の厳しいしつけのおかげと感謝しています。

Q. カナダから日本に移り住んだきっかけは?

結婚して日本にきました。旅行程度で日本に来ることはありましたが、初めて「住む」ことになりました。主人との出会いは、私が大学1年生でアルバイトをしていた土産物屋に、ワーキングホリデーでカナダに来た彼が偶然アルバイトとして入ることになり知り合いました。彼はワーホリが終わると日本に帰り、その後は手紙やメールでのやりとりでしたが、その間実際に会ったのは数えるくらいです。お互いにカナダと日本でそれぞれ仕事をして好きなことをしていましたが、そのうち自然に結婚しようという話になって…。この人とだったら世界のどこででも住めるかな、と。日本に行くことは正直考えていなかったのですが、27歳で結婚して初めて日本で暮らすことになりました。ちょうど9年前の話ですね。

Q. 日本に来てから翻訳の仕事を?

日本に来てからはまず都内でビジネスマンを対象にした英会話講師兼事務の仕事に就きました。新聞記事などを教材に用いたディベート練習などを通し、英語でのビジネス会話力を身につけてもらうことが目標です。その後妊娠を機に退職し、自宅で主に主婦の方を中心とした英会話教室を開きました。その後、翻訳の仕事にシフトしていくことになるのですが、まだキャリアとしては英語を教える仕事の方が長いですね。

Q. 翻訳に興味をもったきっかけは?

父が科学者(退職後の現在は在宅翻訳者として活躍)で、仕事の一環で翻訳をすることがあり、当時大学生だった私が時々手伝うことがありました。とても難しかったのですが翻訳の楽しさを知ったのはこのときです。専門性の高いものでなければ下訳をしたり、父とページを分担して自分も訳したり、調べ物を手伝ったり。父が最終的にチェックをして仕上げました。英語から日本語への翻訳は私にとってはネイティブではない言語への変換になりますので、ハードルが高く自分には難しいと思いました。英語環境で育ってきたので英語に訳す方がニュアンスを捉えた言葉が自然とでてきます。たとえば今でも喫茶店のメニューなど日本語・英語が併記されていると自然と英語の方に目がいきます。

Q. 一番最初の翻訳の仕事は?

自宅で英会話教室を始めてからしばらくして、ゴルフ場を経営している友人にゴルフの本を一冊訳して欲しいと頼まれました。スイングのテクニックなどの内容で、出版目的ではなく個人的に内容を知りたいということだったようです。これが英語から日本語の翻訳だったんです。依頼を受けた直後に夏の休暇で1カ月ほどカナダに帰る機会があり、父と一緒に翻訳をしました。それまでゴルフを経験したこともなくまったく知識のない分野でしたし、和訳でしたから父の手伝いがないと本当に難しかったですね。100ページ弱くらいの本で、翻訳料として20万円いただきました。初めての報酬を得た仕事です。嬉しかったですね。大変でしたけど1冊訳し終えて、翻訳をやっていこうという気持ちになりました。
これをきっかけに、英会話を教えながら、ネットで翻訳会社を調べて数社翻訳トライアルを受けたりレジュメを送ったりしました。あるエージェントのトライアルでは、論文の抜粋を英訳するというもので、合格後その論文全部を翻訳する仕事をいただきました。120ページくらいの内容ですが、とてもやりがいがあり、これが英訳では初めてのペイドの仕事となりました。また、翻訳者情報を登録できるサイトにレジュメを載せたりして、少しずつお問い合わせをいただくようになりました。

Q. コンスタントに仕事が入ってくるようになったのですね。

はい、現在はエージェント3社からコンスタントにお仕事をいただいています。最初のうちは英会話教室と並行して在宅翻訳の仕事をしていましたが、だんだん翻訳の方が忙しくなり、2年くらい前に翻訳一本に切り替えました。5歳と7歳の男の子の子育てとうまく両立できるように仕事量を調整しながらしています。1日の仕事時間としては、子供や主人を朝送り出してから、9時から14時まではびっしり仕事を入れています。子どもが学校から帰ってきてから寝るまでは家庭のことに専念します。その後、子供が寝てから20時半くらいから1時くらいまで翻訳をする時もあります。
翻訳を始めたころは問い合わせをいただいた仕事は全部受けていました。正直、翻訳が楽しかったせいか、以前はやりすぎでした。出産後1ヶ月くらいで仕事を再開していましたし。時間がなくて子どもの世話がおろそかになることもありました。今はそのバランスが取れるようになりました。性格的に家でのんびりしようとは思わずに、育児も仕事もなんでもしたいので、きっと90歳くらいまで長生きしてもまだ翻訳をしているような気がします。
また、年数が経つにつれて、内容的に自分に合っている仕事をいただけるようになりました。今の自分の環境にちょうど良いお仕事をいただけるようになるまで2~3年はかかったと思います。

Q. 仕事の気分転換はどのようにしていますか?

ずっとパソコンに向かっていると体がつらくなるので、ジムで週1回ワークアウトをしていますが、以前そこでやりすぎて腰を痛めたことがあって…。逆にパソコンにずっと座っているのがつらくなったりして!でも体を動かすと気分転換できますね。
また、地元の市に「日本人男性と結婚している外国人女性」のネットワークがあります。月に1回くらい集まって情報交換やおしゃべりをして気分転換しています。登録メンバーは30人くらいいますが、毎月の集まりには10人前後くらいが参加します。集合場所は各メンバーの家が持ち回りで、みんなで飲み物や料理を持ち寄ってポッドラックパーティ形式です。メンバーは主に英語圏出身、または英語を話す女性たちが集まり、海外で出版された本や雑誌を交換したり、日本での生活について互いに相談しあったりして、本当に有意義で楽しい時間を過ごしています。翻訳業をしているメンバーは実は私だけなのですが、このネットワークは私にとってとても大切なものです。

Q. 日本の生活で今でも戸惑うことはありますか?

自分が日本の学校に通っていなかったので、正直子どもの学校のことでは戸惑うことがありますね。分からないことはネットワークのメンバーに聞いたりして、ある意味learning experienceになっています。先日下の子が通う幼稚園で筑波山に1泊2日の小旅行がありました。先生の引率でロープウェイに乗り頂上付近を散策して、夜は麓の旅館に泊まるという内容です。日本の幼稚園はこんな経験をさせてくれるんだと正直驚きました。これからも子どもを通じて日本を知る機会がどんどん増えていくと思います。
子どもの勉強も大変だと思います。日本語はひらがなの他にカタカナや漢字がありますし!アルファベット26文字だけですから…。
自分の子どもには特に英語を教えていませんが、家では私がつい “Sit down”とか “Come here!”といった簡単な呼びかけを英語でしてしまうので、その辺りのことは理解しているようです。お母さんはカナダの人だと認識しているみたいです。時々、日本語がおかしいとは言われます。例えば「○○レンジャー」というヒーローものの発音が、私だと”ranger”(rの発音)ですが、子どもには「違うよ、”レ”ンジャー(lの発音)だよ!」と言われたりして…。子供には違和感があるみたいですね。私にとってはカタカナの発音こそ難しいですね。

Q. 在宅翻訳をする上で何か心がけていることは?

当然のことですが納期を守ることです。過去にキャパシティコントロールができず、その上子どもが急病になったときにはパニックになりました。それから本当に納期を守れるかどうかを見極めて仕事を引き受けるようにしています。また、自分だけでなく子ども自身の健康管理をしていくことでそういう非常事態を減らせるので、子どもにちゃんと食べさせて健康でいられるよう心がけています。
また、パソコンの管理も今は大切ですね。先日、超大容量データを扱っていてパソコンが動かなくなってしまい、インターネットカフェにかけこんだことがありました。こういった環境整備はフリーランス翻訳者には当たり前のことでしょうね。

Q. 翻訳業のメリットまたは大変だと思うことは?

やはり情報を通じた世界の広がりですね。普段だったら自分からは手をつけないような内容に触れられることがあります。最初にやったゴルフの翻訳などはまさにそうですね。いい経験でした。フリーランスになって2年ぐらい経ってからあるアンソロジー集の英語版プロジェクトに参加する機会がありました。私以外にも数人の英訳者が参加しましたが皆さんの実力が圧倒的に素晴らしく、とても刺激を受けた貴重な経験となりました。また、この英訳本がアマゾンなどで売られていて、自分の仕事が形になった喜びを味わえますね。
大変なこととしては、私にとってはまだ日本語のイディオムが難しいことがあります。いわゆる原文理解の問題です。しかし今ではネット上でかなり調べられますし、翻訳者同士が質問・回答したりするサイトなどもありますので、今後こういった問題は解決されていくのかもしれません。私にとっては、日本語の会話の方がまだ困りますね。

Q. 翻訳者(英訳)を目指す方へのアドバイスをお願いします。

私の勉強法は本や新聞をたくさん読むことです。特にネットニュースは日英両方なるべく読んでいますね。「News On Japan」 というサイトでは、日本に関連するニュースが英語で掲載されており、時事ニュースをキャッチアップしていくともに、英語での表現も得ることができます。私には特に専門分野があるわけではありませんので、もし専門知識を翻訳に生かしたいという方でしたら、その分野の英語をどんどん読んでいくことは効果的だと思いますし、自分が興味を持っている分野でトライアルやコンテストなどに応募してみると色々な道が開かれていきますので、是非挑戦してみることをお勧めします。

<編集後記>
英語ネイティブの真弓さん、インタビュー中で時折でてくる英語の発音がステキでした。聞き取れずに何度か聞き直してしまいました…。「○○レンジャー」の話も面白い!息子さんもそのうち、お母さんの発音かっこいい!と思うようになると思います。実は、私と最寄り駅が同じ真弓さん、ぜひ街で見かけたらお声掛けください!

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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