TRANSLATION

Vol.30 出会った!ニュージーランド翻訳生活

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

第 18 回  小西映子さん Eiko Konishi
年に1回の帰国の合間を縫ってインタビューに応じてくださったニュージーランド(NZ)在住の英日翻訳者小西映子さんをご紹介します。社会人になるまで関西に暮らし、実は海外生活にも翻訳にそれほど関心がなかったと語る小西さんが、NZで翻訳業を始めたきっかけとは? 9年目を迎えるNZ生活の中で、翻訳を通じた将来の目標をも見つけられたようです。

<プロフィール>
神戸大学文学部(ドイツ文学専攻)卒業後、メーカーの広報部で10年間勤務。その間結婚・出産。2001年、ご主人の仕事の都合によりNZ・オークランドに移住。しばらく専業主婦をした後、2004年に翻訳と出会う。2005年からフリーランス翻訳者として本格始動。「通訳・翻訳者リレーブログ」では「みなみ」のハンドルネームでNZの生活や翻訳事情を紹介。

Q. 大学ではドイツ文学専攻だったのですね。

実はドイツ文学を選んだ理由はこれといってありませんでした。当時は自宅から通える大学で、理系科目は苦手だから文学部が一番いいだろうと。そして大学に入ると英語を学ぶことはほぼ当たりまえだと思ったので、せっかくだから英語以外の外国語を学ぼうと。じゃあなぜドイツ語?とあらためて聞かれると、やはり「なんとなく」としか答えられないのですが(笑)。

Q. 卒業後の就職先ではドイツ語を使うお仕事だったのですか?

写真 いえ、ドイツ語はまったく関係がありませんでした。大学の卒論テーマにリルケの作品を選んだのですが、これがまた難しくて。テーマを決めたのはいいものの、何をどう書いていけばいいのか、途方にくれました。誰もいない冬休みのキャンパスに指導教官から呼び出され、どうなっているんだ?と心配をかけてしまいました。卒業はしたいとなんとか論文は書きあげましたが、教授との最後の面接で、「きみは文学には向いてない」とはっきり言われてしまいました。文学として作品に向き合っていなかったのだろうと、今となっては思います。将来の仕事についても、自分が何をやりたいのか、何を目指したいのか、ちっとも分かっていませんでした。ちょうどあの頃はバブルの頃でしたから売り手市場だったと思うのですが、もう受ける会社に片っ端から落ちまして……。周りはどんどん内定を取っているのに、私だけ落ちまくっていて焦りましたね。その中で、社内報や広報用ビデオ作成の職種で募集があり、運良く内定をいただきこの会社に入社することになりました。ここで10年間、社内広報から社外広報・IRまで、広報に関する様々な業務の経験を積むことができました。

Q. 翻訳との出会いはここでのお仕事だったのですか?

私が翻訳業を始めたきっかけは、この広報の仕事とはまったく関係がないんです。ただ、広報業務の中では英語の資料を扱う機会がしばしばありました。IR関連文書や海外向けプレゼン資料は英語ですから、そういった資料の英訳を依頼する側として翻訳エージェントとやりとりをしていました。今とはまったく逆の立場ですね。当時は翻訳物に触れていながらも、まったく翻訳というものに興味を持ちませんでした。ただ、仕上がってきた英訳をチェックしていて、ここの原文の意図がきちんと理解されていないな、と思うときはありました。隔靴掻痒(かっかそうよう)というのでしょうか。おかげで、発注側の思いはよく理解できるので、この時の経験が翻訳者としての今の自分に生きていると思います。

Q. そうなのですね。10年間の会社勤めで他にも翻訳業に生きていると思うことはありますか?

すべてです!「翻訳者として」以前に「社会人として」大切なことをすべてここで教えていただきました。お恥ずかしいのですが、入社当時は社会人としての意識がまったくなっていませんでした。入社後すぐに国内出張があったのですが、予定の飛行機に乗り遅れてしまい、飛行機に乗り込んでいた先輩に機内電話をして「間に合わなかったので次の便で行きます」と数時間後のフライトに乗ったりして。よく見捨てられなかったものです。こんな調子でしたから、この10年間で社会人としてのマナーなどを身につけさせてもらって本当に感謝しています。ビジネス文書の書き方も鍛えられましたし、プレスリリースの作成方法やIR関連の知識を得たことや、当時は苦手だったIR用のプレゼン資料作りの経験もすべて生かされています。

Q. なるほど。では、NZ移住のきっかけは?

夫がNZで働くことになり、私も退職をして一家でオークランドに移りました。ここに来るまでNZのことなど何も知らない状態だったので、家族も私も現地の生活に馴染むのがまず大変でした。当時3歳の娘は通学先の幼稚園で、みんなが自分の分からない言葉を話すと毎日泣いていました。よく海外生活は大人よりも子どもの方が馴染むのが早いと聞きますが、一概には言えないのですね。3歳だと男の子はまだ言葉によるやりとりが不要の遊び方かもしれませんが、女の子はもう言葉でのコミュニケーションが重要になり始めていたようです。そんな娘も昨年無事に小学校を卒業しました。彼女なりに壁を乗り越えたのだろうなと頼もしく思います。

Q. 翻訳の仕事はどのように始められたのですか?

写真  移住後しばらくは専業主婦をしており、特に働くことは考えていませんでした。ただ今後のために大学に通ってNZの教員免許を取ろうと考え、まずは入学に必要なIELTSの点数を取得するところから始めました。しかし、これから大学にアプライをするという時期に夫が自分で会社を立ち上げることになり、私の大学入学は一旦白紙になってしまったんです。これからどうしようかと思っていた時に、翻訳者である現地の知り合いが翻訳をやってみないかと声をかけてくださいました。今思えば無謀でしたが、翻訳に対するプロフェッショナルな意識がなかったものですから、法律に係わるその内容をポケット辞書とアルクの英辞郎だけで翻訳してしまったんです。でも、その後特にクレームが出るわけでもなく、1か月に1回のペースでその知人から仕事を請け負う形で翻訳を始めました。NZで自分のスキルを生かせるうえに、娘が学校を終えて15時に帰ってくるときに自宅にいてあげられることが魅力でした。そこで「よし、本格的に翻訳を仕事にしよう」と。どうしたら翻訳者になれるかとその知人に聞くと、トライアルを受けることを教えてくれました。自分が翻訳についてまったく知識がないことは分かっていましたので、日本の会社の通信教育でビジネス英語の翻訳講座を半年間受けました。NZではNZの翻訳資格を持っているか翻訳協会のメンバーになっていないと、正規の翻訳者として認められません。そこでネットで日本の翻訳会社をサーチして、10社ほどトライアルを受けました。そのうちの5社からお仕事をいただくことになりまして、現在もお付き合いをさせていただいています。

Q. 翻訳の仕事を始めて良かったことや、失敗談などはありますか?

翻訳を通して未知の世界を知るきっかけを与えてもらっているので、知りたがりな私にはとてもありがたい仕事です。翻訳とはある単語を違う言語の単語に置き換える作業と単純に思われがちですが、私の頭の中では、2つの言語が互いに行き来して、その内容が頭の中でぐるぐる回って、ぽんっ!と訳が飛び出してくる感じなんです。こういう作業はまだまだ機械では上手く処理されないことだと思いますし、翻訳という仕事の面白さだと感じています。
一番の失敗談は、キャパシティコントロールができていなかったことです。翻訳の仕事を受け始めた頃、同じ日が納期の仕事を5件受けてしまったことがありました。とにかく依頼が来るのが嬉しかったですし、舞い上がってしまって。自分なりに一生懸命にやりましたがやはり質が悪く、1社の翻訳会社からクレームを受けました。「いつもの翻訳の質ではない。今後の依頼はないかもしれない。」と言われましたが、指摘通りのミスでしたので反省するしかありません。また、よりによってこの納期の日に必死で作業をしている時に、知人が遠方から来ていたお母様を連れて、突然、遊びに来くれたんです。本来なら喜ぶべきサプライズですが、自分は髪を振り乱してパソコンに向かっていましたので、「ごめんなさい!」と訪問を断ってしまって……。本当にその日のことは忘れられません。翻訳者としてスケジュールや品質管理への意識が至らなかったことが恥ずかしい限りです。二度とこんなことをするまいと心に誓いました。

Q. その後、翻訳に際して心がけていることはありますか?

写真  やはり、時間管理は今年も課題です。家族との時間も大切にしたいし、日中はついのんびりしてしまうので、仕事が夜型になってしまう傾向にあります。睡眠不足が続くと、どうしても次の日に響いて仕事がはかどりません。また私は納品前に3回チェックを入れています。和訳の場合ですと、1回目は英語と日本語を対比して漏れがないかどうか、2回目は英語側から日本語にチェックして誤訳などがないか、そして3回目は日本語だけを読んで読みやすい文章になっているかどうか。納期まであまり時間がないときでもちょっと掃除をしたり、ご飯を作ったりとインターバルを入れて、可能な限り翻訳を寝かせながらチェックをします。もっと短い時間、少ない見直し回数で仕上げることができたらそれに越したことはありませんが、今の自分の実力ではまだ必要なプロセスです。
また、翻訳に際してはそのソース/ターゲット言語どちらにしても文化や考え方、日常的な習慣などの背景知識が必要になることが多いです。そのため、ネットのニュースなどで常に日本事情をアップデートすることを心がけています。年に1回のペースで日本に帰ると、言葉が変わっているなと感じます。カタカナ語がずいぶん増えているだけでなく、本来の単語とは違った発音や使い方をされたりもします。また、例えば今なら「婚活」といった、見慣れない造語、略語があっという間に浸透します。翻訳者はその業界で現在通用している言葉を常に使っていくべきだと思いますので、言葉の変化には敏感になります。

Q. 英語力の向上という点では、NZに暮らしていることはメリットでしょうか?

確かに日々生の英語に囲まれて生活していますが、「翻訳力」の上達は別問題です。私はNZに来てから「翻訳」という仕事を初めて意識しましたが、翻訳の勉強に関しては日本の環境の方が整っていると思います。少なくともNZに限って言うと、翻訳を学ぶといえば大学進学が主ですが、日本なら例えば週に1回、仕事帰りに翻訳のクラスに通うというオプションもあり、専門分野の種類も豊富です。翻訳関連の参考書や書籍を手に入れるにしてもやはり日本が便利です。これから翻訳者を目指す方には「日本にいるから英語が上達しない」と考えるより、「日本は勉強の機会に恵まれている」と自信を持ってこの道を目指してほしいとお伝えしたいです。

Q. もしNZに来なかったら、翻訳を仕事にすることはなかったでしょうか。

そうですね、もしNZに来なかったらやっていなかったかもしれません。翻訳という仕事に興味を持つきっかけがなかったかもしれないので。NZへの移住は、今思えば自分を見つめ直す良い機会でした。10年間の広報の仕事を通して、私はばりばりのビジネスウーマンだと勘違いしていました。ところがNZでは仕事もないですし、アジアからやってきた外国人に過ぎません。娘とプレイグループにいって体操をしていたりすると、前なら「顧客満足とは」とか、「Eコマースにおける今後のビジネススタイルは」とかを論じていたのになぁ、となんだか情けなくなったりしていました。当時はこの「なんでもない自分」に気づかされてつらい気持ちになりましたが、今では貴重な経験だったと思えるようになりました。 NZというと、人々はおおらかでフレンドリーというイメージがあると思うのですが、実際には人種的な偏見や差別があります。ある日お店に買い物に行くと、通りすがりの車から突然生卵を投げつけられたこともありました。もちろんNZのすべての人が差別をするわけではなく、ごく一部ですし、日本にだって差別や偏見は存在します。ただ、そういったマイノリティにたまたま日本では属していなかったので、日本にいたままであれば、人種差別を”実感”することはなかったでしょう。NZにきてから、様々な価値観、考え方に出会い、世界が広がりました。こういう多様な世界や文化を肌で知っていくことはすべて翻訳の中で生かされてくると思っています。

Q. 今後の目標や将来のプランを教えてください。

写真目下のプランとしては、NZの大学で1年間、翻訳の理論と実践を学び、翻訳のディプロマ取得を目指します。日英翻訳のスキルアップや、資格を取得することでNZの翻訳エージェントとの仕事の可能性を期待しています。
また、これは先の目標ですが、NZにいる難民の家族に英語を教える、ということを考えています。翻訳を始める前には、娘の通う小学校でボランティアとして、英語を母国語としない子供たちに英語を教える手伝いをしていました。NZの教員資格を取得しようと思ったのもこのためです。オークランドにはアフガニスタンやパキスタン、アフリカ諸国などからの難民の方が多くいます。子どもたちは地元の学校に通っていますが、英語が話せない子がほとんどです。支援ボランティアもよく募集しています。日本にいては難民の人たちの暮らしや様子はなかなか実感できないのではないでしょうか。私は自分の経験から英語を学ぶ難しさを知っていますから、今このNZにいて何か役に立てればと思っています。今後、翻訳というルートから難民支援活動に参加できるかもしれません。これは、翻訳のスキルアップの次に抱いている、私の今後の目標です。

【小西さんお薦めの参考書籍】

英語類義語活用辞典 (ちくま学芸文庫)
「類義語・同意語・反意語の正しい使い分けが、豊富な例文から理解できる定評ある辞典。思わぬ誤解や失礼をしないための使用例が、卓越した日本語と英語の語感をもつ著者により解説される」という、英語翻訳に携わる方には必携の書。

<編集後記>
大きな輝く瞳でとても快活にお話をされる小西さんを見て、広報のお仕事をされていらっしゃった頃のキャリアウーマン姿が想像できました。世界の文化的多様性や問題点などに意識が向いているのは海外生活からだけではなく「翻訳」に出会ったこともきっかけになっているというのが、まさに翻訳の職業的魅力だと思いました。難民支援をしていきたいという小西さんの目標、ぜひ実現してほしいです!

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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