TRANSLATION

Vol.40 ~言葉を組み立てることが面白い~

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

岩田賢司 Kenji Iwata

兵庫県出身。大阪在住のフリーランス翻訳者。
1983年 京都大学文学部フランス文学科卒業
1986年 京都大学大学院フランス文学科卒業
大学卒業後8年間環境科学研究所で日英、英日の翻訳を担当。その後原子力関係の翻訳会社で社内翻訳者として働く。1996年よりフリーランス翻訳者となり現在に至る。

技術系の翻訳はとにかくこの人!と真っ先に思い浮かぶ岩田さん。日英、英日翻訳以外にもフランス語の翻訳もお願いできる本当に心強い存在です。大阪在住のため、聞き手の私が年末年始の帰省時の12月30日という何かと忙しい時にお正月ムードたっぷりのヒルトンホテルでお話しを聞いてきました。(写真はホテルロビーの正月用の酒樽前です)フリーランスまでのいきさつ、難民支援活動、そして本当は美術館のカタログや哲学書等の翻訳をやってみたい、などなどを昔ながらの柔らかい本物の大阪弁で語ってくれました。

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Q 岩田さんが英語と最初にかかわったきっかけを教えてください。

もう大昔の話になりますが(笑)、大学は文学部だったのですが、小林秀雄ってご存知ですか。今はあまり馴染みがない人かもしれませんが、有名な文芸評論家です。その人の評論が好きで高校生のころによく読んでいました。その人が『自分が学生だった戦前は大学生になったら洋書を読むものである。自分はドストエフスキーの小説をフランス語で読んだ』とよく言っていたんです(笑)日本語の書物を読むように普通に洋書を読む、ということです。高校生の頃に「そんな風になりたいな」と思いました。また、大学に行けばみんな普通に洋書を読んでいる、そういうものだと思っていましたが(笑)

そもそも、そこから始まったのかもしれません。文学を志すものはとにかく洋書を自由に読めなければいけない、と。だから1ドル360円の時代でしたけどなんとか洋書を購入して読んでいました。留学の経験もまったくないのですがとにかく洋書を読みました。

その時に英語の本を読むという訓練をしたことが今も役にたっているのかな、と感じます。

大森望という翻訳者がいるのですが、ご存じですか。大学時代一緒だったんですが、高校生の頃から海外のミステリー小説を原作で読んでるようなやつで(笑)ただ、特に英語に興味があったというよりは、英語は知識を得たいがための道具でしたね。結局、洋書を読んでいたので周囲からこれ訳して、あれ訳して、というようになりまして・・・・それで気付いたら医学書などを訳すようになっていきました。

Q 翻訳を仕事にしたのはいつ頃からですか。

大阪に環境科学研究所というところがありまして、アスベストの問題やダイオキシンの問題などを市民からお金を集めて運営して調査した内容や消費者運動を発信するというところでした。その発信に付随して英文作成が必要だったんです。私自身そういう問題に興味があったのですが、「英語できるなら岩田さんこれを翻訳して」という流れになっていきました(笑)その研究所で翻訳を始めたのが最初でしょうか。結婚して子どもができて、妻が仕事をしていることから、子どもの面倒をみるためにも、前から興味のあった翻訳の仕事を自宅で出来れば、みんな丸く収まるかな、という考えあり、たどり着いたのが在宅翻訳でした。

環境科学研究所にいた時、アスベスト関係の本をみんなで翻訳したことがあったのですがその時に在宅翻訳をしている人と知り合いになり、在宅翻訳という職業があることを知りました。それまで在宅翻訳の仕事があるなんて知らなかったんです。その時に、技術翻訳の分野を知ってその内容がすごく面白いと感じましたね。

その在宅翻訳者さんの紹介で原子力関係の翻訳会社で社内翻訳者として一年間だけですが仕事をしました。

その時が初めて会社らしい会社で働いたんです(笑)「あ、これが世間一般にいう会社なんだな」と思って楽しく過ごしましたね。その一年だけですが、社内翻訳を経験するということは本当に大切だなと思います。今思えばもっと長くいればよかったかな、と(笑)

Q 岩田さんにとって翻訳の魅力とはなんですか。

私はやっぱり「言葉」が好きなんですよね。言葉を組み立てていくことがやっぱり面白いかな。特に和訳の時にそれを感じます。また、リサーチして新しい知識を得ることは楽しいです。私が最近思うことは、人間の思考力は語彙力によって決まっていくのかな、と。年齢がいくと語彙が限られていくように思うんです。だからその時感じたことを表現するときにできるだけいつも違う表現をしたり、ちがう言葉を選んだりすることを心がけています。使う動詞が限られると思考がワンパターンになっていくような気がするんです。でも、翻訳という作業は否が応でも自分の知識や語彙を拡大していく作業でもあるのでその点は魅力というか老化防止も兼ねてありがたいなと思います(笑)人間は何か知識を得る度にその事象にひとつひとつに名前をつけていくじゃないですか。技術英語というのは人間が知識によって自然界を征服していった内容だと思いますから人間ってすごいなと思いますね(笑)あらゆる現象に名称があって、どんな現象でも人間が言語でその現象を伝えることができる、と。いや~、人間って凄いですよね!

Q 失敗談があれば聞かせてください。

失敗ですか・・・・・ありますね(笑)フランス語の技術翻訳が難しいんです。文系のフランス語と技術系のフランス語ってまったく違うということをこの仕事をして初めて知ったんですね。ちんぷんかんぷんの時がありましたね(爆笑)フランス語の技術向けの辞書があまりないんです。一般文書のフランス語翻訳はできますので技術翻訳もできるものだと思っていました。カナダ政府が運営している英⇔仏辞書のサイトを駆使して、更に自分の持っている知識を駆使して、それからグーグルなどでリサーチして、やっと翻訳できるといった感じです(笑)だから今のようにインターネットがあまり普及していない時代は特に大変でした!ですので、フランス語の技術翻訳はある時からお受けしていません(笑)

Q リフレッシュ方法はありますか。

夕飯の買い出しです(笑)今日は何がお買い得かな~と思いながらスーパーに行きます。

もうひとつは、私が関わっている難民の支援活動です。その活動を週2回ほどやっています。一緒に活動している人たちと過ごす時間も翻訳とは全く違う時間を過ごせますね。ただ、難民申請などの関連書類で翻訳を見ることがあるのですが「なんじゃ、この翻訳は?」と思う時は逆にストレスになっているかもしれませんね(笑)

だから、もうひとつはやっぱり一日の終わりにお風呂に入りながら詩集を読むことですね。

詩集以外では、エリック・ホブズボームが好きです。

Q これから翻訳者を目指そうという方へアドバイスをお願いします。

何点かあると思います。まずは日本語の本をたくさん読むことです。次に、論理をつかむ訓練をすること。そして、知的好奇心を育てることでしょうか。「わかっていくことが楽しい」というようになるといいのではないかなと思います。

最後は・・・・自分の経験からですが、やはり社内翻訳へ行くのもすごくいい方法だと思います。

*編集後記*

穏やかな表情とコテコテの関西弁から放たれる受け答えはある時は哲学的、ある時は社会派、と想像もしていなかったことばかりで衝撃を受けました。特に難民の支援活動の話しを聞いた時は本当にそこに関わっているからこそ出てくる内容の深さを感じると同時に翻訳通訳とはそれ自体がゴールではなく目的を果たすための大事なツールだということを改めて実感させられました。こういうインタビューを受けることで難民問題に一人でも多くの人が関心を寄せてくれることを願います、と最後に締めくくられ思わず胸が熱くなりました。12月30日の夜というのに快くお時間作っていただき本当にありがとうございました!ママチャリに乗って颯爽と去っていかれた後ろ姿はかっこよかったです(笑)

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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