TRANSLATION

Vol.8 ライターの立場で文章を見る

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

[プロフィール]
リチャード・ウォーカーさん
Richard Walker
1984年、日本文部省国費留学生として上智大学留学。プリガム・ヤング大学比較文学科卒業後来日、米国系証券会社東京支店に勤務。金融・株式情報の収集、翻訳に携わる。東京支店閉鎖後、フリーランスとしての翻訳依頼を受け、有限会社プラクシスを設立。大手金融機関等の業務報告書、契約書、プレスリリース、政府系資料等の翻訳を専門とする他、APECをはじめとする国際会議に臨席し英文議事録作成の実績を持つ。日本翻訳者協会前理事。

Q. 日本語を勉強しようた思ったきっかけは?

高校を卒業したものの、大学で何を専攻するか、将来は何をしようかといった明確な目標がなかったんです。日本在住の友人に誘われたこともあり、ちょっと変わったところに旅行に行ってみるかと思って、日本に来ました。いざ着いてみたら、目に入る文字は不思議な形だし、書店に入っても何が何だかさっぱり分からないんです。これは勉強しないと、と思いました。若かったので時間もありましたし、何より面白かったんです。1年少し日本に滞在し、独学で日本語を勉強しました。北千住の安アパートに住みながら。ほんの軽い気持ちで日本に来たら、こんなことになってしまったんですよ(笑)。
具体的な勉強方法としては、テキストで文法を勉強してから、街に出て実際に使ってみるんです。笑われたら反省をして。最初の頃は大変だったんですが、漢字を1500ぐらい覚えてしまえば、理屈が分かって楽になりました。

Q. その後、アメリカの大学へ?

そうなんです。比較文学を専攻しました。ちょうどその頃、日本の文部省が初めて学部生に奨学金を出すことになったのを知って、応募したんです。運良く合格し、再び日本に行くことになりました。上智大学の留学生専用キャンパスで学ぶことになったんですが、わざわざ日本に来て英語で勉強するのは面白くないと思い、帰国子女用の日本語コースに入れてもらいました。その頃には、日本語もかなり話せるようになったと自分では思っていたんですが、先生には「まだまだヘタだよ」と言われました(笑)。

Q. 証券会社に入社後、フリーランス翻訳者への転身を決心したのは?

ちょうどバブルがピークになる直前で、東京事務所が閉鎖されてしまったんです。もっといろんなことをやりたいと感じていましたし、エージェントから翻訳のお仕事を頂いていたので、思い切ってフリーランスになりました。もともと文学や書くことが好きだったんですが、自己満足で書くだけではなく、仕事として納めていくような仕事がしたかったんです。そういう意味で、翻訳は向いていると思いました。

Q. 音声入力ソフトを使用されていると伺いましたが。

長時間タイピングしていると、腕が疲れてくるんです。何かいい方法はないかと思っていたところ、音声入力ソフトというものを見つけました。半分おもちゃみたいなソフトだろうと思っていたら、これが意外と使えたんですよ。一度使ったらやめられなくなって、それ以来音声入力です。原稿を見ながら声に出して翻訳するんです。機械が音声を認識し、自動的に文字にしてくれます。今のソフトは性能が優れていて、95%の正確さで音を認識してくれるんですよ。翻訳スピードも格段に上がりました。ヘッドフォン付きで200ドル、日本語版もあるようです。

Q. 印象に残ったお仕事はありますか?

一番最初の仕事です。原子力関係の資料で、もちろん全く未知の分野だったんですが、原稿と辞書を渡されて何とかやってくれと言われました。未だに原子力関係で何かの事故があると、20年前の翻訳と関係があるのではと悪夢にうなされることがあります(笑)。

Q. ご自分の強みは何ですか?

宣伝文句ですか?(笑)。簡潔に、読みやすい文章に仕上げることです。コピーライティングの経験もありますから、手直しせずに使える文章に仕上げる自信はあります。それから、翻訳のスピードですね。

Q. 議事録作成もされると伺いましたが。

ミニッツライターといって、国際会議に臨席し、会議内容のサマリーを作る仕事です。スピーカーの話をブラッシュアップし、きちんとした文章にまとめる面白い仕事です。現在は年に数回仕事を請けていますが、もっと回数を増やしたいと思っています。

Q. 毎日のスケジュールは?

朝は5時頃起きて仕事をします。なるべくお昼までに終わらせ、午後からは自分の好きなことをします。横浜カントリーアンドアスレチッククラブといって、135年前にできた外国人専用施設があるのですが、ほとんどの週末をそこですごします。スポーツ施設やレストランがあり、私自身クラブの運営委員長をやっています。

Q. もし翻訳者になっていなかったら?

学者になっていたと思います。もともとそのつもりでしたし、比較文学も突き詰めていけば、研究者の道に進むことになりますよね。ビジネスの世界に入ってみたら面白くて、そのまま来てしまったんですが、そうでなければどこかの大学の教授になっていたかもしれません。

Q. 翻訳者を目指している方へのメッセージをお願いします。

まず専門知識を身につけることです。いくら翻訳をやろうとしても、その分野に精通していないと、ただの置き換えにしかなりませんから。言語学者よりも、ライターである必要があると思います。表現力が大事なので、原文を理解しても、単に言葉を置き換えるだけでは話になりません。ライターの立場で文章を読めること。辞書ばかりひいているのも意味がありません。自分がきちんと理解している分野の仕事のみ受けることが重要だと思います。

<編集後記>
「ずいぶん日本にいるので、たまに自分は日本人だと錯覚することがあるんですが、周りからすればまだまだ違うんでしょうね(笑)」とのこと。その翻訳スピードとクオリティの高さにおいては、絶大な評価を受けているリチャードさんですが、ライターの立場から文章を見る、という言葉はさすがです!

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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