INTERPRETATION

第192回 英語学習でめざすもの

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

今年に入ってから複数の教育現場で教えています。通訳学校と大学、また単発セミナーで指導する機会もいただきます。いずれも通訳や英語の学び方、英文の読み方などといった内容です。

仕事柄、「どうすれば英語が上達しますか?」という質問をよく受けます。もっともっと上手になりたい、仕事で必要だから早くスコアをアップさせたい、留学するので専門書が読めるようになりたいなど、質問者の背景も様々です。ゆえに「上達の秘訣」に対する答えというのは考えれば考えるほど、慎重さが必要なのではないかと私は感じています。

私が個人的に英語とのかかわり方で目指してきたことは、年齢と共に変化してきました。中学2年でイギリスから帰国した当初は「イギリス英語を忘れたくない」「学校の定期テストで好成績をおさめたい」というものでした。高校入学後は「ライバルに負けたくない」「第一志望の大学に入りたい」が動機づけとなっています。

ところが大学に入学するや気が抜けてしまったのですね。高校時代の英語クラスがハードだった分、大学の英語の授業はどうも物足りなかったのです。今とは異なり、講義内容も先輩方のノートをもらえば試験対策は万全というのどかな時代でした。一般教養課程の科目も自分にとって今一つしっくり来ません。次第に私はバイトに明け暮れるようになりました。

とは言え、単位修得には出席が必須です。そこで考えたのが「何か新たな目標を掲げる」ということ。そこで私は英語関連の試験を受けようと決めました。教室の後ろに座り、検定試験の過去問テキストを開いてせっせと内職が始まります。とりあえず出席はできる、時間も有効に使えるということで、大学時代に私は色々な英語試験を受けることとなりました。そうしたことを黙認してくださった(?)当時の先生方には感謝あるのみです。

その後私は紆余曲折を経て通訳者となったのですが、英語というのは自分にとって一生学びの対象になると思うようになりました。「ここまでやったからおしまい」というわけではなく、「この点数をとったからOK」というものでもありません。むしろ学べば学ぶほど新しいことを発見します。先日、指揮者・佐渡裕さんの本を読んだのですが、佐渡さんも楽譜を何度も読むたびに新しい発見があると述べていました。英単語も英語の文章もそうだと私は感じます。

「新しい単語を覚えた」「超速の英語が聞き取れるようになった」というのは確かに喜びをもたらします。けれども、それらは表面的な達成項目なのではと最近の私は思うのです。技術的にこなせるようになっただけで満足してしまうと、そこから先の道を自ら寸断してしまうように感じます。

むしろ大切なのは、自分が聞いた英語、読んだ英文から自分が何を感じ、それをどう自分の中で解釈し、自らの生き方に取り込んでいくかだと思います。結局のところ、人間にはそれぞれの価値観がありますので、法に反しない限り、あるいは他人を傷つけない限り、個人の考えというのは個人の責任において正解だと私は考えるのです。

英語というのはそうした「考えるきっかけ」を与えてくれる貴重な手段です。資格試験の問題集も、単に高得点獲得のためだけにとどめてしまうのはあまりにももったいないと私は思います。その素材に自分は何を感じるかというところまで掘り下げて考えることで初めて、人は人生を歩むための勇気をもらえるように思います。

私がめざす英語学習。それは「まなび」から生きるための「きっかけ」を得るというものです。そのことを教室でどう受講生たちに伝えていくか。試行錯誤が続いています。

(2014年12月15日)

【今週の一冊】

「幸せの握力」アンミカ著、双葉社、2014年

放送通訳の現場では30分でパートナー通訳者と交代するのが一般的だ。通常の会議通訳であれば10分ないしは15分といったところだろう。しかも同じブース内にはパートナーがいてくれる。数字や固有名詞やメモ取りなどでサポートしてくれるので本当にありがたく心強い。しかし放送通訳の場合は原則として一人でブースに入るので、そうした恩恵にはありつけない。不明単語が出てきても、テレビ画面で映し出される英語の内容が全く分からなくても、とにかく何とかして自力で訳出する必要があるのだ。ゆえに短くもあり長くもある30分間だ。

とは言え、CNNの場合は途中でコマーシャルが入る。そこでホッと一息ついたり、水を飲んで喉を潤したりできる。難解語を辞書で調べたり、次に出てきそうなトピックを大急ぎでネットで検索して斜め読みしたりもする。CM時間はわずか2分ぐらいだが、貴重な数分間である。

今回ご紹介する本の著者アンミカさんは韓国出身・大阪育ちのモデルさん。今はテレビやエッセイ執筆、シンガーなど多方面で活躍中だ。私が初めてアンミカさんの存在を知ったのはCNNの番組内で流れていたコマーシャルであった。それは大阪をPRするツーリズム広告で、忍者に扮するアンミカさんが街中を走り抜け、最後に顔の覆いを勢いよく取り除き、”Welcome to Osaka!”というセリフを笑顔と共に述べるというものだ。エキゾチックな顔立ちでしかも背が高く、でも日本人風の英語を話すので誰なのだろうと気になっていた。そこで調べたところアンミカさんでることが分かったのである。

その後TVのミニ番組の進行役を務める姿も見たのだが、背筋をピンと伸ばし、視聴者に分かりやすくレポートしていたのが印象的だった。容姿端麗でキラキラした女性であるだけに、きっと素敵な生い立ちなのだろうなあと勝手に想像しつつ、本書を入手した。

しかし表紙のオビを見て驚いた。そこには「四畳半に大家族の極貧生活」とある。ページをめくり始めると、ご両親が韓国から来日して非常に苦労をしたこと、自宅が火事にあったこと、非常に貧しかったことなどが綴られていた。しかしそこに悲壮感はなく、むしろそうした限られた環境だからこそ常に前を向き、家族全員が力を合わせて明るく楽しく必死に生きて行った様子が滲み出ていた。

本の後半には生き方のヒントが満載だ。ユーモアの大切さや笑顔、気持ちの切り替え方など、仕事や家庭で活かせるポイントが紹介されている。今、絶好調の人も、ちょっと不調だなあという人も、アンミカさんが語る柔らかいことばにきっと勇気をもらえると思う。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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