第289回 遊び疲れたときに思い出す詩
遊び疲れる。
いつまでも鬼ごっこしたり、暗くてボールが見えなくなるまで走り回ったり、真夏の太陽をものともせず砂浜を転げまわったり、朝の5時まで仲間と延々と飲んだり。
遊んで遊んで遊び疲れる。そんな幸せを考えていると思い出す詩があります。
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Summer
William Morris
Summer looked for long am I:
Much shall change or e’er I die.
Prithee take it not amiss
Though I weary thee with bliss.
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夏
ウィリアム・モリス
われこそは みなの待ちに待ちたる夏なり
われ果つるまでに 世は大いに様変わりせん
されど どうか気を悪くなさるな
みなを楽しませすぎて
くたびれ果てさせるやもしれぬゆえ
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あえて古めかしい英語で書かれているこの詩。日本語訳も、あえて古めかしい日本語にしてみましたが、内容はと言うと、「われこそは夏なり!」というトーン。真面目なのか不真面目なのか分からない感じなのですが、いろいろと深堀りしがいのある詩なんです。
Summer looked for long am I:
Much shall change or e’er I die.
われこそは みなの待ちに待ちたる夏なり
われ果つるまでに 世は大いに様変わりせん
みなが待ち焦がれる夏。夏の間に海や山に出かけたり、いろいろな経験をして、夏の終わりにはちょっと成長した自分がいる。甘酸っぱい夏の記憶がよみがえりますね!
英語の古い詩では特に、韻やリズムを整えるために語順を崩すことがよくあって、”I” と “die” でそろえるために、かなり語順が前後しています。あえて “I” が最後に来ているので、日本語訳としても「わたしは」ではなく「われこそは」としたいです!
そして、”I” と韻を踏むための “die” が曲者です。「死ぬ」という言葉を使いたくない、人間ではない「夏」に対して使える言葉にしたい。そう考えると、「命尽きる」「息絶える」よりも「終わる」「果てる」の方がいいですよね。さらに、古めかしさを出すために、「果つる」とすれば雰囲気が出そうです。
Prithee take it not amiss
Though I weary thee with bliss.
されど どうか気を悪くなさるな
みなを楽しませすぎて
くたびれ果てさせるやもしれぬゆえ
古めかしい英語がふんだんに盛り込まれたこの詩。”Prithee” も簡単に言うと “Please” になります。何をお願いしているのかと言えば、「楽しくて疲れ果てさせてしまうかもしれないけど、悪く思わないでくれ」と言う夏。最高にお茶目なやつですね。
確かに、本当に楽しかった1日って、楽しくて仕方がなくて、時間も忘れて遊んで、最後には爆睡というのが鉄板。
夏だけでなく、秋も冬も春も、今日も明日も、疲れ果てるほどに遊べたらどんなに幸せだろう。そう思ってしまいます。
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今回の訳のポイント
この詩、あえて古めかしい英語で書かれているので、日本語も古めかしく訳してみようと思いました。
Summer looked for long am I:
Much shall change or e’er I die.
われこそは みなの待ちに待ちたる夏なり
われ果つるまでに 世は大いに様変わりせん
冒頭で「われこそは夏なり!」というように、夏が擬人化されています。日本語では、擬人化という技法はかなり自然に使われるのですが、英語ではあまり多用されないので、この冒頭の1行だけでも英語としてけっこうインパクトがあります。
そして、2行目には “e’er” というのがあり、ここでは “before” の意味になっていますが、元々は “ever” の短縮形なんです。
こうした短縮形の表記は、地名の略称にも使われることが多く、例えば、道路標識などスペースが限られている場合に顕著で、イギリス国内だとこんな感じです。
So’ton ← Southampton(サウサンプトン)
B’ham ← Birmingham(バーミンガム)
B’mth ← Bournemouth(ボーンマス)
大昔、ヒースロー空港から高速道路でサウサンプトンに向かっているときに、 “So’ton” という標識を見にして、イギリスに来たなあという感慨を深めた記憶があります。
考えてみると、地名の略称は日本語でも一般的ですよね。サンチャ(三軒茶屋)、ムサコ(武蔵小杉)、ババ(高田馬場)などなど。略称を目にしたり耳にするだけで、その文化に一気に浸れる。そんな気がします。