INTERPRETATION

通訳美人道「14.通訳美人の脳トレ術」

柴原早苗

通訳美人道

通訳美人道 通訳美人の脳トレ術
第1カ条 バランス維持のためにも脳トレを!
 巷でブームの脳トレ術。脳の訓練が大事なのは知られていますが、わざわざぬりえや脳トレ本を買ってやるほどでも・・・という方もいらっしゃるはず。そこで今回は日常生活でできるちょっとした脳トレ術をご紹介します。
 
通訳者は言語中枢を酷使するため、左脳ばかりを消耗しています。私自身、仕事がハードな時期はコトバばかり操った末、疲労困憊ということもしばしば。非言語をつかさどる右脳もバランスよく使わないと、精神的に参ってしまいます。心身ともに疲れてしまう前に、脳の状態を均衡に保つことが健康のカギを握るのです。
第2カ条 ふだん使わない手はどちら?
 朝から晩まで何かとお世話になっている「自分の手」。でも利き手ばかりを使っていませんか?右利きの場合、物をとるのも右手、書類の入った重いカバンを持つのも右、ドアを開閉や電気のスイッチを押すのも右手ばかり。無意識に利き手ばかりを使っているものです。現役機長の坂井優基氏は、普段使わない左手を意識して使うことを勧めています(「現役ジャンボ機長が編み出した超音速勉強法」日本実業出版社、2004年)。まずは腕や手を組むとき、どちらを前にするかやってみましょう。いつも右が前に来る方は、これから左を前にするよう意識してみてください。そしてあえて利き手と逆の手を日常生活で使うようにしてみましょう。
第3カ条 テレビではなくラジオを聴く
 ニュース源といえば、やっぱりテレビ。でも「あのキャスターのネクタイ、曲がってるなあ」とか、「今回の事故、大惨事だったんだ」などと、本題に集中できないこともあるのでは?テレビは視覚的に訴えてくる分、映像そのものに私たちは注目してしまい、そこから勝手に自分の解釈を始めてしまうこともあります。
 
そこでお勧めしたいのがラジオ。ラジオは画面からの情報がない分、意識を集中させて耳に頼るしかありません。そうすることでキャスターの読んでいる内容そのものを聞き、「情報そのもの」を頭に入れようと脳が努力するのです。これは通訳訓練にも役立ちます。通訳で大事なのは耳から入ってくる情報。それをもらさず聞き取るトレーニングにラジオは役立つのです。
第4カ条 たまには手紙を書いてみる
 もはやメールなしではビジネスが成り立たない時代。家ではパソコンメール、外出先でも携帯メールなど、連絡はメールだけという人も多いことでしょう。確かに迅速にコミュニケーションがとれ、記録も残るのでメールは本当に便利です。
 でもたまには手紙を書くことで、脳トレにつなげることもできます。たとえば葉書や便箋を選ぶとき。美しい柄を探しているときは右脳を使っています。また、直筆で文章を書くこと自体は運動機能を使うので左脳が働きますが、文章や物事をイメージしながらなので、その分右脳も使っているのです。
 そろそろ暑中見舞いの季節。今年は夏らしいカードを自分で選び、直筆で書いてみませんか?
第5カ条 違うルートで駅へ
 Yahooで電車の時刻を調べ、ギリギリまで支度して家を出発。駅まではいつも同じルート、というのが大体のパターンです。でもそれだと機械的に歩いて駅に到着するだけ。何の変哲もない風景をただひたすら歩くに過ぎません。それなら3分早く出て、違う道を通るのはいかがでしょう?いつもと異なる光景に新たな発見があるかもしれません。
 
普段と同じルートでも、テーマカラーを決めて歩くのもお勧めです。たとえば「今日は水色」と決めたらば、駅までその色を探しながら歩くのです。空や車の色、通りすがりの人の服やカバンなどに、テーマカラーが見つかるはず。そうして「何かを意識する」ことが脳トレにつながります。
第6カ条 知らない言語のシャドウィングに挑戦
 通訳訓練で行われるシャドウィング。聞こえてくる言葉に数秒遅れてそのままリピートするエクササイズです。これを行うことで、文章構成や表現力の向上、集中力が養えるため、通訳者たちは必ずこれを取り入れています。
 
一方、私はスランプのとき、あえて知らない言語のシャドウィングをしています。NHKのラジオでロシア語や中国語講座に耳を傾けてみるのです。そして聞こえてきたとおり、シャドウィングしてみます。結果は・・・もちろん惨敗。ひと言二言聞き取れれば良いほうです。そしてそのあとに英語のシャドウィングをしてみると、すんなり聞き取れるのがわかります。そう、英語でスランプに陥っても、少なくとも聞き取れるのだということが次への活力になるのです。「やった~!」という喜びは右脳がつかさどっているそうです。
第7カ条 月に一度は未知の分野の芸術に触れる
 大人になると、だんだん自分の好みも確立してきます。「印象派は好きだけど、モダンアートは今ひとつ」とか、「聞くなら絶対クラシック。ロックは苦手」というように。確かに自分の好きなものに触れているのは心地よいものですが、逆に関心を狭めてしまうことになりかねません。
 
通訳者に求められるのは、幅広い好奇心。せめて月に一度は自分にとって未知の芸術に触れてみましょう。たとえば日本美術に関心がない方なら、あえて漆器展を見てみるとか、レンタルCD店で普段聞かない音楽を聴いてみるなどです。思わぬ発見があるかもしれません。
第8カ条 看板解読にトライ
 何気なく歩いているものの、頭の中では考え事をしていたり、またはボーっとしていたりということもあるでしょう。そこでお勧めしたいのが、「看板の解読」。まずは逆さに読んでみましょう。「○×信託銀行」だったら「こう・ぎん・たく・しん・X・○」という具合です。案外アタマを使うので、良いトレーニングになります。またはくずし字の解読はいかがでしょう?そば店や懐石料理店などの看板はくずし字で書かれており、一回でパッと読むのが案外難しいもの。それを読み当てるのも楽しいものです。
第9カ条 アドレス機能に頼らない
 最近の調査によると、電話番号を覚えられなくなった人の割合が8割に上ったそうです。これは携帯のアドレス機能が進歩したため、自分で覚えなくても済むからだとか。以前なら電話番号を語呂合わせで覚え、「3686」などの数字は「さぶろう・はちろう」などといって記憶したものです。
 
そこで脳トレとして、電話ではあえて自分で数字を押してみるのも一案です。ちょっと手間かもしれませんが、自分で数字を意識しながら押すことで、繰り返していくうちに番号が覚えられるようになります。
第10カ条 人の名前を覚えてみる
 人の名前がなかなか覚えられないという人も少なくありません。「名刺をもらうから、いいや」と思いつつ、帰宅後、複数の名刺を前に「ハテ、どれが誰だっけ?」と思うことも。
 
名前の記憶も訓練で培うことができ、やはり脳トレにつながります。まずは1日一人、新たに覚えてみるようにします。何もビジネス相手に限らず、たとえばスーパーでレジ係の名札をチラッと見て、記憶するようにしてみるのです。帰宅後も覚えていればしめたもの。覚えられないときは、何かに関連づけてみます。ちなみに私の場合、スポーツクラブでよく一緒になるメンバーさんが、仕事先の人と同じ苗字だったので、その二人を頭の中でペアにして覚えてみました。
 
 
いかがでしたか?日ごろの生活の中でもできる脳トレ、ぜひ応用してみてくださいね。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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