INTERPRETATION

第147回 積極的タイクツ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

疲れがたまったとき、みなさんならどうしますか?

「マッサージに行く」「何と言ってもヨガ!」「スイーツ食べ放題で元気回復」など、きっとそれぞれあることでしょう。他に「運動する」もありますよね。スポーツの世界では「アクティブレスト」と言い、くたびれているからこそ、積極的に体を動かすことで休養をとるのだそうです。私もスポーツクラブで汗をかくことで疲れを持ちこさないようにしています。

ではココロが疲労を感じたときはどうすれば良いでしょうか?

最近はカウンセリングを受けることへの後ろめたさが減ったように思います。以前は「通院する」というだけで自分が敗者になったと感じた人も少なくなかったはずです。でも今は昔と比べて社会も複雑化しています。マスコミなどでカウンセラーの方が親しみやすく解説をしている様子を見ると、敷居が下がったことがうかがえます。

それでもなお、自力で頑張ってしまうタイプもいます。私はどちらかと言うとこの部類に属します。自分が頑張れば突破口が見いだせるのではないか、きっとできるはずとアクセル全開になるのです。私のようなタイプは何か困難に直面すると、本を読んだり人に相談したり、インターネットで検索して調べつくそうと考えます。

そうすることで何とか前進できれば、それに越したことはありません。けれども泥沼化することもあります。手に入れた情報が多すぎてよけいに迷ったときです。「Aという方法に惹かれたけれど、その正反対のB案も捨てがたい。どうしよう」となってしまうのですね。こうなると大変です。自分の中で堂々巡りになってしまい、一歩も踏み出せなくなるのです。

私は最近、「あえて情報に触れない」ことを意識するようにしています。悩み事の有無に関わらず、とにかく日ごろから必要以上に情報を仕入れないと決めてみたのです。仕事柄インターネットは必需品ですが、あれこれと散漫に調べ始めたらきりがありません。SNSもかつては楽しんでいましたが、ひとたび見始めると他の人の生活や動向が気になってしまうのです。そこで今年に入ってから意識して触れないようになりました。もちろん、「全面禁止」にするとそれはそれでストレスがたまるでしょう。あくまでも「ゆる~く」です。

必要性を感じていないため、私はいまだにスマートフォンも持っていません。いわゆるガラケーは通話と家族間のメールにだけ使っています。SNSをやらなくなり、無駄にネットサーフィンをしなくなってみると、ずいぶん時間があることに気づきました。そこで「積極的タイクツ」を楽しむというわけです。

通勤中の車窓から西の山々を望む、空を見上げて雲の形を楽しむ、ハトの群れを追ってみる、お寺の門の脇に飾られた花を味わうなど、自発的に楽しめることはたくさんあります。

かつて私はポッドキャストを大量に購読し、外出時には常にイヤホンを装着していました。「英語力向上のために集中的に勉強する」のであればそれももちろん有意義です。けれども今の私はゼーゼーハアハアの日々から離れ、目の前のことを味わいたいライフステージにあるようです。

(2014年1月13日)

【今週の一冊】

「ラッキーガール」佐藤真海著、集英社、2004年

著者の佐藤真海さんと言えば、2020年東京オリンピック招致でのスピーチが多くの人に感動を与えた。私は佐藤選手のことを五輪招致活動まで知らなかったのだが、チャーミングな笑顔と「伝えたい」という思いにあふれたあの数分間にとても魅了された。

天真爛漫のような表情からはこれまでの苦しみなどまったく感じさせない。しかしそこに至るまでの道のりは決して短くなかった。本書には自身の生い立ち、大学進学とチア活動、骨肉腫と診断され、右足ひざ下からの切断というこれまでの日々が綴られている。発行が2004年なので大震災前のことだ。ちなみに最新のインタビューを読むと、故郷・気仙沼にある実家の一部が津波で飲み込まれている。

佐藤さんの信条は「神様はその人に乗り越えられない試練は与えない」である。自分の境遇に絶望し、涙し、それでも切り抜けようとする力は、きっと誰にでも備わっているのだと思う。そのスピードが速いか遅いかはそれぞれなのだ。だから悩み苦しむ時間は決して無駄ではないと私は思う。

あとがきの中で佐藤選手は次のように記している。

「自分が心から望むこと、好きなことをして過ごせる時間がどんなにありがたく、尊いものか。」

この一文を読み、ささいなことで躊躇したり、漫然と時間をやり過ごしているわが身を反省した。今私自身ができることは何か。それは社会にとってどう貢献できるのか。考えながら小さな一歩を大切にしたいと思っている。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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