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カンタン法律文書講座 第十三回 英米法の文書に特徴的な表現 (1)

江口佳実

カンタン法律文書講座

英米法によるカンタン法律文書講座
第十三回 英米法の文書に特徴的な表現 (1)

前回までは2回に分けて、英米法の特徴的な「考え方」をご紹介しました。
今回からは、英米法の契約書や法律の条文などに特徴的な「表現」をご紹介します。
第1回講座でお話したように、WITNESSETH といった古い英語を用いるのも、特徴の1つですが、普段見慣れない表現であるために、「分からない」「難しい」と敬遠される理由でもあります。でも、こういった特徴は、まあ言ってみれば人のクセみたいなものなので、慣れてしまえば難しくも何ともなく、逆に定型的な表現が繰り返し使われるので、訳しやすくもあるのです。

では、少しずつ見ていきましょう。

◆古い英語

上に取り上げた witnesseth もそうですが、契約書には古い英語の表現が使われます。
第1回では witnesseth の他に、WHEREAS、NOW, THEREFORE、IN WITNESS WHEREOF、なども取り上げました。
第2回では、hereof、hereto などもご紹介しましたね。

【例文】

The undersigned parties hereby agree to comply with all applicable confidentiality and security laws and requirements, as described below.

【訳文】

以下に署名する両当事者は、ここに、以下に記述するとおり、適用される機密およびセキュリティ関連法令の全てに従うことに合意する。

hereby は、by this と同じことで、this は、this Agreement を意味します。これを覚えておけば、herein でも hereinafter でも、hereunder でも同じですから、簡単ですね。

【例文】

Upon termination of the Agreement, Licensee shall agree to either return to Licensor the Software, Documentation, and all copies thereof, or to destroy all such materials and provide written verification of such destruction to Licensor.

【訳文】

本契約が解除された場合、ライセンシーは、ライセンサーに対してソフトウェア、ドキュメンテーション、およびそれらのコピーの全てを返却するか、またはそれらの資料の全てを廃棄し、かかる廃棄の証明書をライセンサーに提出することに同意するものとする。

thereof は、of those です。例文では of those Software and Documentation の意味で使われています。これも here- と同じで、therein、thereby、thereunder、therewith などでも同じです。

古い表現は他にもあります。

【例文】

Each Party will use Confidential Information and Material received from the other Party only to the extent necessary for the aforesaid purpose.

【訳文】

各当事者は、他方当事者から受領した機密情報および資料を、前述の目的に必要な範囲に限り使用する。

aforesaidは「前述の」という意味です。
類似の表現に aforementioned、aforethought、foregoing、などもあります。
前述のものをうける表現には、
such ~、said ~、same、などもあります。

【例文】

Each Party agrees to limit access to such Confidential Information and Material to those of its employees, agents, vendors and consultants reasonably requiring same for the aforesaid purpose and who are obligated to treat same in a manner as provided herein with regard to confidentiality, use, and non- disclosure.

【訳文】

個々の当事者は、かかる機密情報および資料へのアクセスを、自己の従業員、代理人、納入業者、およびコンサルタントで、前述の目的のためにこれを必要とし、かつ、機密、使用法、および非開示に関して本契約書に定めた方法でこれを取り扱うよう義務を課された者のみに限定することに同意する。

上の例文のように、same は、定冠詞の the を省略して使用することもあります。
この他に、immediately と同じ意味で、forthwith という表現もあります。

こういった単語単位の古い英語だけではなく、構文そのものが古めかしい表現が使用されることもあります。

【例文】

POWER OF ATTORNEY
KNOW All MEN BY THESE PRESENTS:
_______________________________________, hereinafter referred to as PRINCIPAL, in the
County of _______________________________, State of __________________________, do
appoint _____________________________________their true and lawful attorney.

 

【訳文】

委任状
本状をもって、以下を証する
      郡   (社名)   は、以下「本人」というが、 (氏名)  を、その真正かつ合法的な代理人に指名する。

KNOW ALL MEN BY THESE PRESENTS は、上の例文のような委任状 (power of attorney) や、保証書 (surety bond) などに使用されることがある古い表現で、直訳すると、「全ての人は、本状により、……であることを知られよ」となります。
PRESENTS は these presents という形で「本書」または「本状」という意味の名詞です。 PRESENTS 以下が that 節で、動詞 know の目的語です。訳す場合は、上の訳例のように簡単に訳してしまって構いません。

類似表現の繰り返し

英語の法律文書では、似たような表現がいくつも並べられることがよくあります。

【例文】

This Agreement is made and entered into this day of May, 2006, by and between Zebra Corporation and Peacock Co., Ltd.

【訳文】

本契約は、2006年5月 日付において、Zebra Corporation および Peacock Co., Ltd.の間において締結される。

【例文】

Except as set forth above, nothing contained herein grants or shall be deemed to grant to Licensee any right, title or interest in or to the Products.

【訳文】

上記に定める場合を除き、本契約書のいかなる定めも、本製品に対する権利、権原、または利益を一切、ライセンシーに付与せず、または付与するとみなされてはならない。

このように、似たような表現が使用される理由は、英語には様々な言語、とくにノルマン征服の後はフランス語が多く含まれるようになり、とりわけ法律・裁判用語では、ロー・フレンチといわれるフランス語が使用される一方で、庶民には英語しか分かりませんから、1つの意味を表すのに、様々な言語での表現を使用する必要性があったためです。

上の例文の made and entered into のうち、強いて言えば made は「作成する」、enter into は「締結する」という意味ですが、訳文として訳す場合には、一つにまとめて「締結する」で構いません。
次の by and between も、強いて言えば「~によって」と「~の間に」ですが、まとめて「A社およびB社の間で」で構いません。

けれども、下の例文の right, title or interest の3つの言葉はそれぞれ、少しずつ意味が異なります。right は最も広い意味での「権利」です。title は、様々な権利の根源となる権利のことをいい、法律用語として特殊な意味(説明が長くなるのでここでは割愛しますが)もあるため「権原」と訳すべき言葉。interest は、「利権」とか「利害関係」のことです。3つが上のように並べて使用されている場合は、そうであることが分かるように「権利、権原、利益」と訳すのが一般的です。

その他で重ねた表現でよく見られるのは、

any and all(すべての)
each and every(それぞれの)
act and deed(行為)
have and hold(有する)
null and void(無効の)
full force and effect(完全な効力)
final and conclusive(最終的な)
due and payable(支払うべきである、支払期限が到来している)

などがあります。

 

◆羅列

類似表現を重ねて使うのとは別に、法律文書では、該当しそうなものを思いつく限り羅列する傾向があります。

第4回講座で紹介した「免責」条項を例にしてみましょう。

【例文】

Article 15. Indemnity
The Purchaser agrees to indemnify and hold the Seller harmless against all claim dispute, cost, expenses, damages or loss of whatsoever nature including without limitation, consequential, incidental, indirect, or punitive damages or loss, arising out of or in connection with the performance of this Agreement.

【訳文】

第15条 免責
買主は、本契約の履行から、またはこれに関して生じる、結果的、付随的、間接的、または懲罰的損害賠償または損失などを含めこれらに限定されず、その性質の如何にかかわらず、すべての申立、紛争、費用、支出、損害賠償、または損失について、売主を免責し、これに害を与えないことに同意する。

まず、claim、dispute、cost、expenses、damages、loss と、免責する「責任」の中身となりそうなもの羅列しています。つぎに、その例としてconsequential (damages)、incidental (damages)、indirect (damages)、 punitive damages or loss と、一部を取り上げて、また羅列です。ここでよく用いられるのは、including without limitation とか、including but not limited to など、「羅列するけど、これが全てではありません」という意味を出すためのフレーズです。このパターンは法律文書の常套手段ですので、慣れてしまいましょう。

このような羅列の箇所では、意味の違うものはもちろん違う訳語となりますが、類似の意味の表現でもなるべく異なる訳語を探して訳出します。それでもどうしても、例えば action, suit, litigation, proceedings と、「裁判」という意味の表現が並んだ場合のように、「訴訟、裁判、法的手続き」くらいは異なる訳語を並べることはできても、それ以上はみつからないとなると、しかたがありませんからそのままで構いません。

このような「羅列」手法が良く用いられる一般条項には、他に、「不可抗力」条項などがあります。
では、以下の例文を一度、ご自分で訳出してみましょう。

訳例は、次回の講座に掲載します。

【例文】

Force Majeure
Except for payment and indemnity obligations hereunder, neither party shall be deemed in default hereunder, nor shall it hold the other party responsible for, any cessation, interruption or delay in the performance of its obligations hereunder due to earthquake, flood, fire, storm, natural disaster, act of God, war, armed conflict, terrorist action, labor strike, lockout, boycott, provided that the party relying upon this provision shall (i) have given the other party written notice thereof promptly and, in any event, within five (5) days of discovery thereof and (ii) shall take all steps reasonably necessary under the circumstances to mitigate the effects of the Force Majeure event.

 

 

 

もう第13回目ともなると、英米法の文書の雰囲気にもかなり慣れてこられたのではないでしょうか。今回ご紹介したような法律文書に特徴的な表現をマスターしてしまえば、今後はますますスムーズに法律文書を読むことができるようになるはずです。
次回も引き続き、英米法の法律文書に特徴的な表現と訳し方のコツをお話します。
どうぞお楽しみに!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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