INTERPRETATION

第701回 通訳 昭和ものがたり~準備編

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先週に引き続き今日も「通訳 昭和ものがたり」。今回は「準備編」ということでお届けします。「昭和ものがたり」と記載する時点で何やら「日本むかし話」を私は思い出してしまいます。余談ですが、「話者のイイタイコト」をコンパクトに把握する上で参考になる動画がコチラ:

https://youtu.be/kbTtUnCy7gM?si=_DdViryUHaix3vGC

「15秒でわかる日本むかし話」です。様々な昔話をコンパクトにまとめています。通訳という行為は「話者のイイタイコト」を迅速にとらえ、それを目的言語にするのが仕事。「趣旨や結論」を押さえるテクニックがこの動画からはわかります。

というわけで本題の「準備編」。今回は「エージェントからアサインを受けたら?」との観点から綴ってまいります。

1 当時は電話連絡が主流
メールが無かった時代のエージェントからのアサインは電話。携帯電話もない時代でしたので、実家暮らしの私は自分専用の固定電話(留守電とファクス付き)を自室に引いていました。外出先から自分の電話へかけた際、留守電が入っていると呼び出し音の回数でわかるような仕組みです。そこで公衆電話から留守電を聞き取り、そのままエージェントに電話をする、という流れでした。なお、当時公衆電話はいたるところにありましたが、電車のターミナル駅や乗換駅などのコンコースの電話はいつも長蛇の列。そうした中、「自分の留守電をチェックして電話を一旦切って、さらにエージェントにかける」というのは1人でその電話を占領してしまうことになります。後ろに並ぶ人に申し訳ないなと思いつつ、エージェントへのコールバックをしていました。

2 日程で合意したらそこで仮案件成立
電話口で「その日は空いています。お受けいたします」と答えたらそこで仮案件として成立。「詳細はファクスでお送りします」と言われて待つことになります。その間に何をするかと言えば、電話口で聞いてメモした「通訳分野・トピック・話者などの情報」を元に、準備を進め始めます。資料も何も手元には来ていませんので、キーワードだけが頼り。図書館へ出かけたり、新聞(もちろん紙!)で関連記事を探してスクラップしたり、という準備をしていきました。

3 ファクスで詳細が届いたら?
仮案件から正式依頼となり、業務依頼票がファクスで届くと、そこには詳しい内容が書かれています。「資料は追って送付」と書かれていても、ただ待つわけにはいきません。どんどん準備をしていきます。たとえばセミナーの登壇者名が記載されていれば、図書館の新聞縮刷版(過去記事)でその人に関する記事を探す、政治家や会社役員名が依頼票に書かれていれば、図書館の「禁帯出」(=貸出不可の本)となっている「人事興信録」「日本紳士録」「会社四季報」などの分厚い本をめくって探します。すべて手作業であり、時間がかかりますが、とにかく本番まで何かしらしておかねばなりません。よって、このようにして情報を自分からまさに「足を使って」探しに出かけたのでした。

4 辞書を揃える
専門分野の国際会議の場合、辞書(もちろん紙)も自分で揃えます。初期の電子辞書には大型辞典(ランダムハウスやオックスフォード英語辞典)などがまだ搭載されていなかったため、自費で語彙数の多い辞書や特定分野の専門辞書も買いそろえました。すべてを読む時間はもちろんなく、辞書の読破など気が遠くなりそうでしたが、手をこまねいているわけにはいきません。とりあえずパラパラと辞書を最初から最終ページまでめくり、なんとなーく「辞書に空気を入れる」ことだけはしていました。これで少しでもなじみが出てくるのですよね。

以上が資料の届く前までの状況です。次回は「いざ資料が届いたら何をする?」という観点でお話いたします。

(2026年9月1日)

【今週の一冊】

「皆川達夫セレクション 音楽も人を救うことができる」皆川達夫著、樋口隆一編集、日本キリスト教団出版局、2024年

音楽には不思議な力があります。メロディから過去を懐かしんだり、勇気をもらったりなど、歌詞が無くても旋律だけで人は生きる力を得ることができます。かつてロンドンの大学院に留学していた頃、私はあまりにも課題とプレッシャーがつらくてテムズ川沿いのコンサートホールへよく「現実逃避」していました。そのような状況下で聞いた音楽から、前に進む力を私は得ていたのでした。

今回ご紹介するのは、日本において戦後に西洋古楽の普及に尽力した皆川達夫氏の一冊。氏は戦前から音楽に関心を抱いていたものの、いざ徴兵されれば人を殺してしまうことになると苦悩し、進路を医学へと変更します。幸いにも戦争へは行かずに済んだことから、自分は生かされたのだと感じます。そして「もう食えなくてもいい、自分が一番したかった道、古い音楽の研究の道に進もうと決心」(p14)したのだそうです。

本書には西洋音楽、とりわけ日本の五島列島に残るキリシタン音楽についての解説があります。激しいキリシタン弾圧がある中、信者はどのようにして音楽を守ったのか、また、その旋律の源を探し続けて欧州まで出かけた皆川氏の軌跡も綴られています。

皆川氏はNHKラジオで日曜朝放送の「音楽の泉」を30年以上担当されました。私は毎週日曜日にこの番組を聴くのが好きで、氏の穏やかな解説から多くのことを学びました。本書を読み進めると、あの皆川氏の語り口がそのまま聞こえてきそうです。

音楽の持つ力について、改めて気づかされた一冊でした。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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