INTERPRETATION

急いでいるときほど、ゆっくりと

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 夏休みも中盤戦。我が家の子どもたちは保育園と学童に通っており、おかげで私たち夫婦も仕事に専念することができます。私が子どものころの夏休みと言えば、毎日自宅を中心に、友人と遊んだり、自分で本を読んだりと日替わりメニューでたくさん楽しんでいました。本来であれば、うちの子どもたちにも自宅中心で遊んでもらいたいなと思っているのですが、私自身が自宅を拠点に執筆活動や通訳準備などをしているため、学童や保育園の存在は実にありがたいのです。

 さて、そうして子どもたちがいない日中は仕事に充てられるわけですが、それでも私にとっての毎日はあっという間に過ぎていきます。朝8時半に二人を送り届けてさあ仕事と取り掛かるや、気がつけばお昼。自分の昼食と夕食の下ごしらえを済ませ、午後は集中力が落ちるので少し家事をこなして気分転換。再び仕事に専念するも、もう夕方。子どもたちのお迎え時間がやってきます。連日このような感じです。

 忙しい時どうすればよいか。これには二つの選択肢があるでしょう。一つ目は「仕事そのものを減らす」、もうひとつは「作業スピードを上げる」。このどちらかです。前者であれば、自分以外でもできる人に割り当てて業務を分担することができます。この場合、「私以外の人でも十分こなせる」あるいは「その人に教えることにより、こなせるようにしてもらう」ことが条件です。たとえば我が家であれば、洗濯物たたみ、カーテン閉め、新聞取り込み、食器並べなど、今では子どもたちのお手伝い項目となりました。

 一方、私にしかできないものもあります。それは主に執筆や指導、放送通訳など、要はお給料と引き換えに私が提供する労働です。こればかりはどんなに他の人に指導しても、私しかできない項目となります。つまり、この部分をいかに効率的かつ生産的に行っていくかが、カギを握るわけです。

 最近私が心がけているのは、「急いでいるときほどゆっくりと」ということです。仕事が立て込んでいるときなど、気が急くあまり、つい一つ一つの作業が荒くなってしまいます。急いで書こうとして字を間違える、あわててキーボードを叩いていたら、変な文字変換になってしまった、隣の部屋へ小走りに行ったら、足をぶつけてしまった、などなどです。急いでさえいなければ、ミスも出さずに進められていた作業も、かえって新たな労力を生み出してしまうのです。

 7月28日付日経新聞には、ゴルフ・石川遼選手の特集が出ていました。石川選手のモットーは「急がば回るな!」なのだそうです。この言葉から私が感じたこと、それは「急いでいるときほど集中する」というメッセージでした。

 (2009年8月17日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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