第345回 俳句は翻訳家のたしなみ?
この度、所属する俳座で第二弾となる句集が刊行されました。第一弾刊行後6年間の、メンバーの自選作品を掲載したものです。
以前にインタビューにもご登場いただいた林望先生主宰の俳座に所属して、はや15年。「著名な先生のもとで15年も俳句をたしなんでいるのなら、さぞや……」と思いますよね?私も、他の方であれば、きっとそう思うことでしょう。ところが、その15年の実態はといえば、「締切の当日になってあわてて俳句をひねり出す」、この繰り返しなのです。
時間がない中、何を題材にしようか考えを巡らすと、思い浮かぶのは最近見かけた印象的な方々ばかり。
首の真後ろにトカゲのタトゥーが入った女の子
ヘビメタファッションでセルライトが目を引くお姉さん
恋人のように会話をするお母さんと息子さん
マスクを逆さまにして気づかずにいるおじいさん
電車の中で熱心に鼻をほじり続けるお姉さん
などなどを題材に詠むものだから、出来上がるのはへんてこな句のオンパレード。そして見事なまでに進歩はないのです。人間、こんなに成長せずにいられるものかと、我ながら慄きます……。
そんなレベルでも、俳句という表現形式に触れてきたことはよかったと思っています。俳句に限らず、短歌などにも言えることですが、その形式だからこそ生まれる表現があり、触れることのできる言葉があります。文章以外のものを手がけることは、確実に文章の土壌を豊かにしてくれるのです。
以前にインタビューにご登場いただいた三辺律子さんも短歌を詠まれているというお話でしたし、作家の石田衣良さんも、「小説だけ読んで文章がうまくなろうだなんておこがましい」と、俳句や詩も多く読んでおられるそうです。
私も、詠むほうはさておき、少なくとも鑑賞眼は磨かれてきたように感じます。これは、句会に参加してきたおかげです。句会では、各自が気に入った句を選んで投票をし、高得点の句から順に批評をしていきます。私が素通りしてまったく目に留めていなかった句が、高評価を得ていることもよくあります。
選評を聞いていくと、「そういう解釈があったのか」と驚き、深い世界観に裏打ちされた、奥行きのある句だったことに気づきます。こうして人の読み方によって自分の読みを深めていけるのは、読書会にも通じるところかもしれません。
それに、俳句は、思いがけないご縁もつないでくれます。拙訳『認知症と性とウェルビーイング ―パーソンセンタードケアの視点から』の帯を上野千鶴子さんに書いていただいたきっかけのひとつも、俳句でした。
本書の企画段階で、フェミニズムの視点からも読者層を広げたいと考え、上野さんにご相談しました。「フェミニズムといえば上野さん」と思ったこともありますが、それだけではありません。『俳句とエロス』という本を読んだ際に、死と性を題材にした上野さんの俳句が収録されていて、とても印象に残っていたのです。こういう俳句を詠まれるなら、本書にもご興味を持っていただけるのではと感じました。
そんなご縁ももたらしてくれる俳句、翻訳家のたしなみとして挑戦してみてはいかがでしょう?
※10月4日(日)に武雄市図書館・歴史資料館の開館記念行事での基調講演にて、お話しさせていただきます。九州方面の読者のみなさまと、この機会に会場でお会いできればうれしく思います。
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