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忘れられないパンケーキの味

工藤浩美

テンナインヒストリー ~挑戦への軌跡~

最初のオフィスは広尾の天現寺近くの小さなマンションの一室に構えました。部屋の広さはちょうど4畳半。当時フランス大使館の庭に大きな桜の木があったのですが、満開の桜をよく窓から眺めていました。隣には「兵庫屋」という小さなスーパーがあって、飲み物や簡単なお昼を買うことも出来ました。今でも時々ランニングでそのマンションの前を通ると、懐かしさがこみ上げてきてつい足が止まります。少し余談になりますが、テンナインは現在まで6回オフィスを引っ越ししています。私の考えは亀が成長に合わせて甲羅を大きくするように、少しづつ成長に合わせて広くしていけばいいと思っています。固定費はなるべく押さえたい。でも「オフィスのスペースが狭くて大変!」というたぐいの夢を見るようになったら、そろそろ引っ越し時期なのかなと思います。

話しを元に戻しますが、事務所を作るのに最初に用意したのは机です。株式会社設立のために必要な資金(当時1000万円)は近い将来マンションを買おうと思って貯めていた頭金を充てました。資本金は事業をスタートに必要なものを揃えるために使うのですが、それでもなるべくキャッシュを使わないように工夫しました。「小さく産んで大きく育てる」というのが、私のモットーでした。東急ハンズで大き目の厚手の一枚板を買って、三脚のような脚を2本購入して机の脚にして即席で机を作りました。引き出しはありませんでしたが、それで充分。多分合計1万円ぐらいだったと思います。その板は次に机を購入した時に大工さんにお願いして小さな本棚にしてもらいました。椅子の記憶は曖昧ですが新しく購入した覚えはないので、きっと誰かにもらったか、家にあった椅子で代用したのだと思います。その上にマッキントッシュを一台載せて、机回りは完成です。自分が仕事をスタートするのに最低限必要なのは、机と電話、インターネットとコピー機、名刺と封筒だと思っていたので、順番に一つ、一つ用意しました。

起業の準備で一つ驚いたのは、兎に角いろんな書類にたくさんのハンコを押さなければならないということです。会社登記をするだけでも、たくさんの資料作成が必要です。司法書士に頼まず、自分で用意しました。どんな書類を作ればいいかよく分かりませんでしたが、法務局に行くととても丁寧に教えてもらえました。きっと質問があまりに素人だったからだと思います。それまで会社印のように大きなハンコを押したことがなかったので、不器用な私は何度練習してもかすれてしまってなかなかうまく押せませんでした。その書類を作ってから友達会う予定があったのですが、約束の時間が刻々と近づいてきているのに、机の上は書類の山。このままじゃ待ち合わせ時間に遅れてしまうということで、書類とハンコをバックに詰めて待ち合わせ場所に向かいました。

友人に「これからハンコをいっぱい押さないといけないんだけど、どこか広いテーブルのところでお茶したい」と言って、帝国ホテルのカフェに入りました。広いテーブルの上一面に書類を広げ、四苦八苦しながらハンコを押しました。体重を軽くかけるようにして、少しだけぐっと回転させるように力を入れると綺麗に押せるようになりました。緊張してすっかりクタクタになった私の横で、友人が頼んでくれた苺のパンケーキの味は今でも忘れられません。さすがにそれから何万回も押しているので、今ではとても上手になりました。

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記事を書いた人

工藤浩美

白百合女子大学国文科卒業後、総合商社勤務。
その後通訳・翻訳エージェントに2社、合計11年間勤務。通訳コーディネーターとしてこれまでに数百件の通訳現場のサポートを行なう。 2001年7月に株式会社テンナイン・コミュニケーションを設立。趣味はシナリオ執筆。

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