INTERPRETATION

第696回 Fun to Study

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

もともとテクノロジーに強くない私にとって、昨今の技術進化には目を見張るばかりです。と同時に、どんどん遅れをとっているような気にもなり、「このままではいけない」と思う自分もいます。

数週間前のこと。久しぶりの通訳現場が私にとってはeye-opening experienceとなりました。

その日の業務は同通2名体制。パートナーさんが持参しておられたデバイスの中にスマートフォンがあったのです。ただ、スマホ自体、珍しいものではありません。ブース内はWIFIもありますので、私もPCで資料を閲覧しつつ、バックアップ用にスマホもONにしています。

この日、私が一見「スマホ」と思ったものは、スマホ機能として使われていたのではありませんでした。画面に表示されていたのは「文字起こしソフト」。パートナーさんいわく、同時通訳者の間で文字起こしソフトが今や爆発的人気とのこと。同通コンソールのヘッドホン端子を分岐させて片方は自分用のイヤホン、もう一本はスマホにつなぐことで会場の音声が文字起こしされるとのことでした。

このコラムの読者のみなさんも、もしかしたらすでに御存知かも知れず。ただただ私が遅れていただけなのかもしれません(涙)。何にせよ、いざ本番になるやその性能は素晴らしく、クセのある英語でも実によく文字起こししていたのです。これがあれば固有名詞や数字、早口の話なども漏れなく確認できますよね。感服しました。

ただ私の場合、初遭遇でビックリ仰天したこともあり、「もし自分がそれを活用するとなると果たして集中できるかしら?」とも思ったのです。同通の場合、私は自分の耳と話者の表情・声のトーン・ボディランゲージから様々なことをトータルに勘案して通訳をしています。聴覚・視覚的情報だけでもかなりのキャパオーバーになっているのです。それに加えて文字情報にも目を配るとなると、さらなる負担になるのでは、とも思えてしまいます。

もう一つの不安点。それは「果たして文字起こしが100%完璧なのか?」という点です。私はLINEで音声入力をよく活用していますが、まだまだ文字化けがあります。家族間のLINEであればそうした文字化け・空耳もご愛敬ですが、仕事現場で目視した活字に頼り切ってしまった場合、自分の感性や直感・解釈力が二の次になるのではという恐れを私は抱いてしまうのです。とは言うものの、今の時代、そのようなことはすべて杞憂であり、技術の方がはるかにヒトの感覚より優れているのかもしれません。

で、この文字起こしソフトの導入。今、私は迷っています。と言いますのも、そのためには「もう一台スマホを購入・契約→同通コンソールから回線を分岐させる配線を購入→きちんと作動するか確認→現場で実戦投入→使い慣れていく」というプロセスが必要になります。そのこと自体に私はとてつもないハードルを感じるのです。現に今日、この原稿を書き始める前、私は必要な配線や端子のリサーチに数時間も費やしました。もともとIT弱者にとって、これはハードルが高すぎます。心の中では、

「この数時間に山川の世界史教科書を通読して、世界史の抜本復習ができたのに」

「シャドーイングや瞬発力練習をした方が良かったのでは?」

「今朝の朝刊2紙、まだ読んでない」

などなどなど、「失われつつある数時間」に未練タラタラでした!

というわけで、とりあえず本日はリサーチだけおこなっておしまい。それでもまあUSBのタイプ別見分け方もわかりましたし、イヤホンプラグの先端の線の数の違いぐらいは把握できるようになりました。

ITに強い方々にとっては基礎知識でも、弱者の身には大変です、ホント。

・・・あ、今日のノルマの聖書通読もまだでした。今年私は自分に「聖書通読プロジェクト」を絶賛実施中。毎日少しずつ読み進めています。英語を理解する上で必要なのは聖書・シェイクスピア・ギリシャ神話の知識。完璧から程遠い現状の私は、これらをしっかり理解すべく壮大な計画を立てています。まだ始まったばかりですが、これからの時代、ヒトが知識吸収するよりも、素早く技術を駆使できるチカラの方が求められていくのかもしれません。

そういえば昔、日産自動車のコピーは「技術の日産」、トヨタは”Fun to Drive”でした。私はもっぱら勉強にfunを見出したいので、「技術」ではなく”Fun to Study”タイプなのでしょう。

(2025年9月2日)

【今週の一冊】

「ぬくもりの記憶」片柳弘史著、教文館、2019年

慌しい日々を過ごしていると、ふと一息つきたくなることがあります。「まだまだスタミナはある」と思っていても、どこかで心と体を緩ませたくなるのでしょう。そのようなときに紐解きたいのが今週ご紹介する一冊です。

著者の片柳氏は山口県で教会の神父を務められています。若い頃、インドでボランティア活動をおこない、そこでマザー・テレサから神父になるよう勧められました。本書には、氏の幼い頃の記憶や修業時代のこと、その間に感じた喜びや苦しみなどの様々な思いが率直に語られています。

今の時代はテクノロジーのお陰で便利になりました。通訳の世界でも、かつては重たくて分厚い辞書を複数持ち歩いていたのに、今やPCがあれば何でも調べられます。しかしその一方で、SNSを始め、技術がもたらす課題もあります。そのような昨今だからこそ、「心を沈黙させる必要がある。雑音が鳴り響く心の表面から、心の深みにおりてゆく必要がある」(p41)と著者は説いています。

私はそれまで「神さまに近いところで仕事をされている方々は、高度な次元で生きておられるのだろう」との先入観がありました。しかし、聖職者も私たち同様に悩み、苦しみます。そこからどのようにして前へ歩むか。そのヒントが本書にはあります。

中でも私が感銘を受けたのは、「幸せの条件」という章に書かれた次の文章でした:

「たくさんの人から尊敬されたとしても、家族から愛されない限り決して幸せになることができない」(p124)

では、家族に恵まれなかった場合、どうすれば良いのでしょうか?片柳神父はさらに続けます:

「家族は、必ずしも血のつながりを必要としない。(中略)血のつながりがなかったとしても、ありのままの弱くて欠点だらけの自分を、ありのままに受け入れてくれる人がいるなら、その人こそわたしたちの家族だ。」(p125)

9月が始まりました。新たな気持ちでスタートを切りたいみなさんに、ぜひお手に取っていただきたい一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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