INTERPRETATION

第693回 フリーランス通訳者のウェルビーイング

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

「ウェルビーイング(wellbeing)」ということば、最近日本でも聞くようになりました。ランダムハウス英和大辞典によると「健康で幸福で繁栄している状態」とのこと。初出はなんと17世紀初頭のようです。一方、ほぼ同義の「メンタルヘルス」は「心の健康」を重視。ウェルビーイングは「社会的な良好状態」をも含むそうです。

そこで本日は「フリーランス通訳者のウェルビーイング」という観点からお話いたします。

1 自分の心身を知っておく
若い頃は徹夜をしたり無理をしたりしてもリカバリーが速いですよね。でも、ヒトは機械ではありません。年齢の経過とともに確実にスタミナも落ちてきます。若い頃と同様にフリーで業務を請け負っている場合、疲れが出やすくなったり本番中の瞬発力がイマイチに感じられたりということも出てくるのではないでしょうか。ライフステージによる心身の変化は敗北ではありません。無理をし過ぎて本格的に体調不良になっては元も子もない!ですので、自分の心身を常に客観的に把握することが大事になります。マッサージに行く、休暇をとる、栄養に気を付けるなど、できることは色々とあります。

2 自分の幸せを考える
仕事が立て込んでいると、まずは通訳準備が最優先になりがち。プライベートでは自分のやりたいことがどうしても後回しになります。私を含め多くの通訳者は「学ぶこと」が大好きなので、勉強自体がストレス解消というケースもあるのでは?ただ、それもやはり程度問題。仕事や勉強とは違う分野で自分が幸せになれることも大事にすべきと私は考えます。

3 ご褒美となる趣味を持つ
勉強に没頭できるのは幸せなこと。まさに「勉強セラピー」です。でも、それ以外に何か一つでもあると世界が広がりますよね。私の場合、落語が大好きで月に1回は出かけるようにしています。チケットを早めに入手して手帳に記入。「〇月△日は落語会。ならばその直前までは仕事を頑張ろう!」となり、寄席が自分にとってのご褒美となります。

4 軌道修正を自分に許す
趣味があると日々の生活が鮮やかになります。でも人間というのは「飽きが来るもの」。限られた人生時間なのに、「ずっと続けてきたから」と惰性で取り組むのももったいなくありませんか?これは英語学習も同じ。「なんだかしっくり来なくなってきた」と思ったら、正々堂々と軌道修正して良いと思います。ちなみに私は数週間前まで「在宅ワークに行き詰ったらカフェへ移動」と決めてせっせと通っていました。でも今はこの暑さ!外に出るだけでもストレスです。そこで、自宅の中で作業場所を変えたり、動画サイトでエクササイズをしたりと、程よい気分転換のお陰で猛暑に晒されずに済んでいます。

5 それでも不調だったら?
心身に良いことを心がけていても不調になることはあります。先日私は車を点検に出したのですが、私には未知の技術的な部分も専門の整備士さんが徹底的に見て下さいました。自分のココロとカラダも同じ。自身でわからないモヤモヤしている部分は、プロに診て頂いた方が安心ですよね。最近はメンタルクリニックの敷居も低くなりましたし、マッサージ店や断食リトリートなど、色々な方法があります。一人で抱え込まず、プロにゆだねることが肝心です。

いかがでしたか?今年は例年以上の猛暑!しかも経費節減なのか、かつては涼しかった地下コンコースさえ何だか蒸し暑く、移動するだけでも消耗モノです。自分のウェルビーイングが良き仕事につながります。みなさま、どうぞお元気でお過ごしくださいね。

(2025年8月12日)

【今週の一冊】

「これからの日本のジビエ:野生動物の適切な利活用を考える」押田敏雄編著、日本ジビエ振興協会協力、緑書房、2021年

先週に引き続きご紹介するのが緑書房の一冊、出会いは読売新聞1面の下段広告でした。緑書房新刊案内の枠内に「好評既刊書」として紹介されていたのでした。私が紙新聞をこよなく愛し続けるのも、こうした巡り合わせが楽しいからなのですね。アプリの新聞・紙面ビューアーも良いのですが、紙の方が視認性抜群!紙文化・紙新聞・紙雑誌を廃れさせてはいけないと思い、応援しています。

「ジビエ」という単語は何となく日本語風ですが、フランス語のgibierから来ています。日本でも最近は居酒屋などでジビエの逸品が人気。本書には動物生態学や環境、狩猟など様々な専門家の方が寄稿しています。紹介されている動物はクマ、シカ、イノシシからカルガモ、そして何とカラスに至るまで幅広い!いずれも食用可能です。ハシブトガラスなどは栄養ドリンクで有名な「タウリン」が豊富とのこと。ちなみにハシブトガラスは漢字で「嘴太烏」。クチバシが厚いのでこの名前です。

私個人が興味を抱いたのが本書巻末の「自動車事故」や「鉄道事故」について。野生動物との事故は深刻な課題です。飛行場周辺ではバードストライクを防ぐべく、高周波音発生装置が使われていますよね。最近はクマの被害も拡大しています。これ以上犠牲者を出さないためにも、テクノロジーを用いた対策が必要と感じます。

ところで私は本書を機に「ジビエ・ツーリズム」というキーワードを知りました。検索すると各地で色々なイベントが実施されています。ジビエへの理解を深める出発点となりそうです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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