第695回 敗因の見極め方
「今日は睡眠不足だった。でも、なんだか本番は調子良かった。不思議(安堵!)」
「しっかり寝て準備も500%してきたのに、今日のパフォーマンスは散々(涙)」
通訳業務に携わること数十年。それでも私は上記のような気持ちになることがあります。ほかの通訳者に尋ねてみても、やはり皆さん同様の経験をされているようです。
通訳者はアスリートにもたとえられます。最大限の準備をして当日に臨む。本番はすべてのチカラを振り絞る。たとえつらくなっても途中で投げ出さず、しがみつく。そして結果を出す。そうしたことが求められます。
スポーツ選手だけではありません。プロの演奏家・舞台俳優なども似たような境遇でしょう。お客様はお金を払って完璧なものを期待しています。中途半端な状態で皆さまの前に立つという選択肢はないのです。非常に緊張感を伴います。自分が失敗してしまう様子を想像するだけで、恐怖にかられます。
だからこそ通訳者はひたすら勉強を重ね、本番に向けて睡眠や栄養を意識し、途中でバテないようなスタミナづくりに励むのです。
それでも自分の中で「不本意な結果になってしまった」と思えたとき、どうすれば良いのでしょうか?
現場にいる通訳者は誰もがプロ意識を持っていますので、再起不能レベルの失敗はしないと思います。ギリギリ合格ラインのアウトプットをご提供できているはずです。でも、自分の不甲斐なさを痛感するのは他でもない自分自身なのです。
「お客様には喜んでいただけた。でも私としてはモヤモヤ感が残るアウトプットをしてしまった」と思うことがあります。そのようなとき、私は以下の観点から敗因分析をしています:
1 睡眠・栄養・スタミナは十分だったか?
→睡眠不足だと疲労状態のままでの現場入りとなります。栄養が偏っていれば口内炎や頭痛などの身体的「痛み」に見舞われるかもしれません。プライベートでの心理的「苦痛」があると、集中力に影響します。運動不足の場合、体が硬くて姿勢が本番中に悪くなったり、体の変なところに力が入ったりするかもしれません。睡眠・栄養・スタミナのバランスをしっかりと意識して本番を迎えることが大事だと思います。
2 予習・勉強は十分だったか?
→「せっかく本番まで日数があったのに、ちゃんと勉強はしていたか?」「どこかで現実逃避をしていなかったか?」「ギリギリになって慌てて予習体制にならなかったか?」などなど、通訳業務に直結する「中身」を点検する必要があります。時間管理の見直しも大切です。
3 もしかしたら自分が怖気づいていたのでは?
→「クライアントさんが著名人で緊張してしまった」「聴衆は専門家ばかり。付け焼刃で勉強した私が通訳などして良いのだろうか?」など、自分で自分のチカラをないがしろにしてしまうケースが本番で起きていたかもしれません。あるいは「ご一緒したパートナーが、大昔に通っていた通訳学校の先生!!気後れしてしまった」なども怖気づく要因になります。「お客様のための通訳」ではなく、「自分がどう評価されるか」に重きが行ってしまい、本来の実力が発揮できなくなることもあるのです。このような場合、「私はクライアントさんのために呼ばれてここにいるのだ」という思いを強くする必要があります。怖気づいてしまう自分のメンタルをどう立て直すか、心理学や認知行動療法も役立つかもしれません。
以上の観点から自分の敗因分析を客観的にしてみると、課題が見えてくると思います。起きてしまったことは後戻りできません。次の業務でどう改善するかを考えるしかないのですよね。
せっかくご縁あって就いた大好きな通訳の仕事なのです。落ち込むことがあっても、そこでくじけず次につなげていく。それがより良いパフォーマンスになると思います。
なお、敗因分析やその後の対処法については、ネットにもたくさん記事があります。たとえば「ピアノ(あるいはアスリート) 本番 失敗 対処」などのキーワードを入れるとヒットします。よろしければ参考になさってくださいね。
(2025年8月26日)
【今週の一冊】
「マンションポエム東京論」大山顕著、本の雑誌社、2025年
紙新聞愛好家の私が注目するもう一つのメディア、それはラジオです。車の運転中はラジオを必ずON。昔はiPodで音楽を聴いていたのですが、壊れて中の音楽がすべてお亡くなりになってからは、もっぱらラジオ。在京局だけでもAMやFMで色々ありますし、遠方をドライブすればローカル局も。実に楽しい車内空間となります。
さて、今回ご紹介する一冊はラジオの番組PRで出てきたもの。今から数週間前の夕方、TBSラジオで「武田砂鉄のプレ金ナイト」の番宣が流れていました。耳を傾けてみると「マンションポエム」ということばが。その日のゲストは、マンション広告のコピーを研究されている方だったのです。その方こそが本書の著者、大山顕さんです。
大山さんは写真家・評論家として活動されており、マンション広告の詩的文章に注目し始めたのは2004年。「人生に、南麻布という贈り物。」「礼を尽くして人々を歓待する。」など、数々のマンションポエムを集め、本書の中で分析なさっています。350ページ近い一冊に、全国各地の歴代マンションポエムがあり、読み応え大です。
大山さんはマンションポエムを解読することで、マンションに求める消費者の嗜好や地理的・経済的側面も分析されています。中でも私のお気に入りは「第三章 マンションと鉄道」に掲載されていた浦和のマンションポエム:
「『北浦和』から『東京』駅へ、最速28分。このアクセス力は『二子玉川』や『吉祥寺』などにも匹敵します。」(p144)
私自身が埼玉県民なので、この土地感覚とニコタマとの並列には思わず膝を打ってしまいました。
本書を読んで以来、我が家ポストの投げ込みマンションチラシが気になっています。いつもなら即捨てだったチラシも蒐集アイテムになりそう。ちなみに先日入っていたチラシのマンションポエムは、
「光纏う優美なる麗姿。」
でした!!
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