INTERPRETATION

第606回 アスリートかも

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

英語学習関連のセミナーを何度か依頼されたことがあります。最後のQ&Aでよく頂いた質問がコチラ:

「効率的に勉強するにはどうしたら良いですか?」
「効果的な学習法があれば教えてください。」

質問ベスト5を募ったら、おそらくトップ2には入るのが上記です。

私としては講演会の質問は大歓迎。これは普段の大学授業も同じです。目的意識を持って参加していただき、講師からさらに情報を引き出したいという思いが質問に表れるからです。指導する立場の者として、お役に立てることはこの上ない喜びなのですよね。

ただ、引っかかることが。それは「効果的」「効率的」というとらえ方です。実は私自身、「最小限の努力で最大限の学習法があるなら、私が知りたい~~~!!」と思うから。

でも考えてみれば、芸術家も競技選手も、その技術を一朝一夕で得たわけではありませんよね。素晴らしいパフォーマンスの陰には人知れぬ努力の積み重ねがある。日々の練習と研鑽、そして試行錯誤があったはずです。

これは語学学習も同じでしょう。確かに検索すれば様々な学習法が紹介されてはいます。時間管理のハウツーもある。それらを取り入れれば、チカラはつくはずです。でも、学習する側は何となくイマイチ感を抱いてしまう。その理由はおそらく、本人自らの「試行錯誤量」よりも、他者のやり方に左右されている部分が多いからなのではと私は思うのです。

振り返ってみると私自身、学び方は随分変化してきました。英語学習初心者の頃のやり方と今では異なるのですね。また、自分の生活環境の変化や年齢に伴う体力スタミナの変遷もあります。そうしたものをトータルで考えた場合、たった一つの「効果的・効率的方法」というものは、実は存在しないのではと思うのです。

ただ、意識していることが3つあります。一つ目は「好奇心」です。これがあれば、学びは楽しくなります。イヤイヤ学習していても身につきませんので、「わあ、面白い!」とどこまで思えるかが吸収度合いを高めると思うのですね。

2つ目は「体を使うこと」。音読する、指でなぞりながら英文を読む、パソコン入力ではなく手で書く、歩きながら・立ったままシャドーイングするなどです。受け身ではなく能動的におこなうことで、それが「体験記憶」になると感じます。

最後は「三日坊主を自分に許す」。一つの方法が長期間続かなくても良いのです。逆に、継続できなかったのは、何らかの違和感が自分の中にあったからでしょう。うまくいかないなら別の方法を試せば良い。それを積み重ねていけば、きっと自分に合った方法が見つかるはずです。

通訳の仕事はつくづくアスリートだと私は思います。競技選手たちは、自分のスポーツをこよなく愛し、自分の能力をどこまで高められるかという好奇心と共にある。そして、自分の体を使いながら練習を積み重ねます。一つの練習メニューに固執することなく、多様なプログラムを取り入れたり、栄養学からスタミナをアップさせたりと多角的におこなっていますよね。

通訳本番前のドキドキ感、アドレナリン急上昇、心を落ち着けるためにイヤホンを付けて集中力を高めることなども似ています。私自身、これからもアスリートのように心と体のケアをしながら、出来る限り長く「選手生命」を維持していきたいと思っています。

(2023年10月17日)

【今週の一冊】

「サザエさんと長谷川町子」工藤美代子著、幻冬舎新書、2020年

幼少期に暮らしていたオランダで、私は日本語に飢えていました。当時はインターネットなど無い時代。日本語の紙新聞は1週間遅れで到着していました。日本の親戚に頼んで本を送ってもらっても、船便だと1カ月以上かかる。そんな時代でした。

そうした中、我が家にあったのがマンガの「サザエさん」。4コママンガです。今でこそサザエさんはアニメ30分の方が知られていますが、オリジナルは起承転結のある4コママンガ。姉妹社から発行された単行本を私は何度も何度も読んでは日本語に触れていたのでした。

多くの読者にとって、サザエさんとは大家族の愛と笑いに満ちたものでしょう。そしてその家族を描き続けた作者の長谷川町子も同様の境遇だったと想像するのでは?私もそんな一人でした。しかし今回ご紹介する一冊は、そうした先入観を覆すような内容です。

綿密なリサーチでルポルタージュ作品を世に出す著者・工藤美代子氏は、今回も徹底的に調査を行い、長谷川町子という人物に迫ります。町子の母・貞子は夫を早くに亡くし、町子を含む年頃の娘3人を抱え、つても無いまま上京。そして町子の画才に未来を抱き、そこから「長谷川家」というビジネスが始まるのです。三姉妹の真ん中である町子を母と姉妹が支えながら、サザエさんは量産されていったのですね。

激動の昭和時代と共に歩んだ長谷川家。その実情は、磯野家とはかけ離れているとも言えます。しかし、私たち読者に、日本国民に、多くの力を与えてくれたのが長谷川町子という人物であり、サザエさんであると私は思うのです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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