INTERPRETATION

第605回 ご縁のフシギ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

「どのようにして通訳者になられたのですか?」

これまで何度もこの質問を受けてきました。

「小さい頃、テレビで活躍される同時通訳者の姿を見てね、それで感動して『大きくなったら通訳者になるっ!』って決めたんです。高校時代も英語の勉強を頑張り、大学も英語を専攻。在学中から外部の通訳スクールに通い、基礎科から同時通訳科まで進級して、晴れて通訳者デビューしたのです。」

・・・ではありません!!

このような美しい(?)ルートからは程遠い道のりで私は通訳者になりました。

確かに中学2年まで英語圏にいましたが、入学した高校は帰国子女の大勢いる学校。周囲の英語力に圧倒され、「これはかなわない」と白旗掲げることに。それでも「英語」への執着はあり、大学入試では英文科を選ぶも、第一志望は撃沈。第二志望は当日高熱でほとんど解答できず。かろうじて合格したのが第三志望の社会学科でした。でも授業には関心を抱けず、さりとて厳しい出欠に合わせねばならず、教室の最後列でしぶしぶ参加していました。

その時、仕方なく始めたのが「内職」です。「授業に興味を抱けないけど、出席しないといけないなら、まあ、英語関連の試験でも受けるか」という軽い気持ちだったのですね。

ところが、これにはまってしまったのです。

まずは易しい級から受験して合格。それでモチベーションが上がりました。以来、教室に物理的に存在するも、ひたすら過去問を解く日々が続きました。おかげであの時期にずいぶん英語関連試験を受けました。

そして大学3年に進級。幸い社会学科には「他学科の授業もすべて『社会学』の観点としてとらえられるので履修OK」というルールがありました。おかげで英語学科・英文学科の授業ばかりとっていったのです。その時初めて、通訳の授業を受講しました。

もっとも私の場合、英語の難易度よりも自分の知識の圧倒的欠如に打ちのめされましたね。通訳者デビューは自分には無理と思い、普通の就職活動をして会社員へ。ところが以前から抱いていた海外留学の夢をあきらめきれず、転職して留学しました。

しかし、晴れて修士号を取得するも帰国時には日本経済が傾いており、学者として稼働するのも中途採用も難しい状況でした。そのとき、学生時代に通訳スクールでお世話になった先生にたまたまご挨拶に伺ったところ、「今、繁忙期だから通訳の仕事、手伝って」と言われたのです。それがきっかけとなり、本格的に通訳の世界に入ったのでした。

生きているとこのような具合で「タイミング」と「ご縁」が大いに左右してくることがあります。どれほど自分の中で切望していることがあっても、この二つが噛み合わないとなかなか実現しないのですよね。

これは人間関係も同じです。たとえば学生時代に「親友」と思っていた相手であっても、お互いの環境や価値観が少しずつ違う方向を向くにつれ、疎遠になることがあります。逆に、ずっとご無沙汰していた人とひょんなことからまた接点が生まれ、それまでのブランクの年月などなかったかのように、親交を深めることもあるのです。

つまり、仕事であれ人間関係であれ、「ご縁」があれば復活はありうると私は思うのですね。それも運命です。逆に、ご縁がなければどれほど片方がそれを願ったとしても、タイミングのズレがある以上、近しい状態になることは難しいと思います。それも運命です。

今までのご縁に感謝しつつ、ご縁のフシギに未来をゆだねつつ、生きていきたいなあと思っています。

(2023年10月10日)

【今週の一冊】

「ピーナッツと谷川俊太郎の世界」チャールズ・M・シュルツ著、谷川俊太郎著、角川書店、2014年

子どものころ、イギリスの小学校に通っていました。そのころブームだったのがスヌーピー。クラスメートのキャロラインという女の子が大ファンで、自らSnoopy Fan Clubなるものを立ち上げていました。持ち物もすべてスヌーピーでしたね。ちなみに私は彼女に対抗して(?)Kitty Fan Clubを設立。まだKawaiiという単語が英語になっていなかったころからキティちゃんの普及に余念がありませんでした(笑)。なお、キャロラインはその後、イギリス議会議事堂歴史学者となり、本も記しています。何十年も経った今、元同級生の活躍を知り嬉しく思っているところです。

今回ご紹介する一冊はピーナッツの世界を英語と日本語の両方で楽しめる一冊。ピーナッツの翻訳は昔から谷川さんなのですが、詩人であられるだけあって「意訳」が実に心に響きます。もしこれからの時代、こうした英語の文章をAIが通訳したら、どれぐらい谷川さんのようなステキな訳が生まれるのか気になります。果たしてキャラクターの心の奥底まで読み解き、それにピッタリの訳語をAIは出してくれるのでしょうか?

ピーナッツに出てくるキャラクターは百人百様。きっと自分に近いキャラクターがいるはずです。そのキャラクターになりきって作品を読むと、一層身近に感じることでしょう。私のお気に入りはもちろんスヌーピーですが、失敗続きでもあきらめないチャーリー・ブラウンにも親近感を抱きます。誰もが哲学者のような印象深いことばを伝えてくれるピーナッツの世界です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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