INTERPRETATION

第201回 紙辞書の遊び方

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

私が通訳者デビューしたころはまだ電子辞書も今一つの性能でした。現場へは重い辞書を複数持ち歩き、あっという間にビジネスバッグが壊れてしまうことが頻繁にあったほどです。けれども時代の進歩というのは素晴らしいですよね。今では電子辞書やPCさえあれば、不明単語も瞬時に調べることができます。技術の発展に感謝するばかりです。

現場では私も電子辞書やネットの辞書のお世話になっていますが、自宅ではもっぱら紙辞書です。昨年の暮れに大修館書店「ジーニアス英和辞典第5版」が待ちに待った末、書店に並びました。私もワクワクしながら入手したのですが、第4版の良さを踏襲しつつ、さらなる改善が加えられており、毎日楽しく使っています。そこで今回は「紙辞書の遊び方」と題して、10個の楽しみ方をご紹介しましょう。

1.例文は「和訳を音読→英文を音読」で
英語の勉強を黙々と取り組んではいませんか?英語力アップに必要なのは「読む・書く・聞く・話す」の4技能をバランスよくしていくこと。せっかく英単語を調べたのなら、その例文を音読しない手はありません。私は頭の中に例文の状況をビジュアル化するため、あえて和訳を先に読んでから英文を読みます。しかもどちらも音読です。そうすることで目・耳から確認できますし、発音のトレーニングにもなっています。

2.イラスト探し
学習者辞典にはイラストがたくさん出ています。時間のある時、イラスト「だけ」をパラパラめくりながら探すのも楽しい作業です。家具や鳥、楽器など珍しいものを新たに知るチャンスにもなります。ジーニアスでhurdy-gurdyを引くと一見バラライカのような楽器が目に入ります。よく見るとこちらは「手回しオルガン」でした。この楽器を持つ七三分けヘアスタイルのお兄さんも何だか味があります。

3.最後の最後に出ている語義をあえて読む
たとえばonという前置詞を引くと複数ページに渡り語義が出ています。その一番最後に出てくる語義は一体何でしょう?実はonには「名詞」用法もあり、意味は「(クリケットの)打者の左前方」なのだそうです。handの最終語義は海事専門用語で「(帆を)たたむ」だとか。一生に一度、使うかどうかわからない意味をあえて知る楽しみです。

4.「まえがき」をじっくり読む
辞書の「まえがき」に目を通す方はかなりの「辞書愛好家」だと思います。まえがきにはその辞書の刊行主旨、前版との違いや特徴などが記されています。編集チームが苦労したことや、惜しくも刊行を目前にして亡くなられた先生への追悼文などもそこには出ていることがあります。辞書というものが単なる「単語調べ書」ではなく、編纂者たちの魂が吹き込まれていることを感じます。

5.「辞書の使い方」をなぞってみる
辞書の冒頭には「この辞書の使い方」が出ています。いわゆるトリセツにあたる部分です。実はこの説明をじっくり読んでおくと、辞書を何倍も味わうことができるのですね。たとえば米語・英語発音の違いの表記を始め、派生語や記号の意味などもここにはきちんと説明されています。私はこの「使い方」に例示される単語もあえて本書で引き、確認するようにしています。

6.単語当てクイズ(初級編)
用意するのは英英辞典。ペアになり、出題者と回答者を決めます。出題者が辞書の語義を読み上げ、回答者がその単語を言い当てるというゲームです。簡単な英単語でも、英語で語義を聞くと意外と難しいこともあるので良いトレーニングになります。たとえばロングマン現代英英辞典の次の語義はいかがでしょう?

“a type of flat hat that has a curved part sticking out at the front, and is often worn as part of a uniform”

答えは、そう、capです。

7.単語当てクイズ(上級編)
複数でできるゲームです。出題者を一人決め、辞書に出ている難解語を読み上げ、回答者はその意味を紙に書き出し、全員で披露します。最後に出題者が正しい語義を読み上げるという遊びです。できれば出題者自身が発音記号から正しく読めると良いでしょう。聞き慣れない単語ほど、珍解答が出てきて盛り上がります。

8.登場人物探し
辞書の例文には代名詞だけでなく、人名も出てきます。実在と思しき名前を探すのも楽しいですよね。たとえばジーニアスでexclamationを引くと例文にUsami’s goal put an exclamation mark on a 1-0 Japanese win against Italy.(宇佐美のゴールで日本はイタリアに対して1対0の劇的な勝利をあげた。)と出ています。日本代表・宇佐美貴史選手のことなのではと想像します。

9.編者の好みに注目
たとえばdeliciousをジーニアスで引くとThe pasta was delicious.(パスタがとてもおいしかった)とあります。一方、revolting(むかむかする)の例文はThis pudding is revolting to me.(このプディングには胸がむかむかする)となっています。「編者の好みかしら?」と勘繰ってしまいます。

10.余白探し
アルファベットの各単語の最終ページを見てみると、紙辞書の場合、余白が多いものもあればギリギリまでページを使っている文字もあります。ちなみにジーニアスで一番余白が多いのは「E」でした。ページの4分の3ほどが白紙になっています。

いかがでしたか?今回は私なりの楽しみ方をご紹介しました。読者のみなさんも何か面白い切り口がありましたら、ぜひお知らせくださいね。お待ちしています!

(2015年2月23日)

【今週の一冊】

「クロネコヤマト 人の育て方」水迫洋子著、中経出版、2015年

たった一人のスタッフがその企業のイメージを決めることがある。たとえばホッと一息つきたくて入ったカフェ。ラテを淹れてくれたスタッフさんのおかげで元気が出て、そのお店が大好きになる、という具合だ。その逆もまた然り。ちょっとした気配りが欠如していたがゆえに、その店舗から敬遠してしまうということもありうる。

私には応援している会社がいくつかあり、ヤマト運輸もその一つ。わが家を担当するセールスドライバーさんたちがどなたも非常に素晴らしいのだ。私自身、「荷物を送るならヤマト」と決めているし、車で移動中にあのクロネコイラスト入りの車両を見かけると、道を譲ってしまうほどのファンである。

なぜそこまでひきつけることができるのか。それはやはり企業理念と一人一人の社員が人間性ということを意識しているからだと思う。上からの指示ではなく、各々が自覚を持ち、常にお客様のことを考えるという姿勢がこの会社に脈々と受け継がれているのだ。

著者の水迫氏はコンサルタントとしてそんなヤマトの「人の育て方」を分析している。チームワークのこと、利益やサービスという観点、社員に任せること、具体的な人事制度など、ヤマトにおける「人の育つ仕組み」が具体的に本書では紹介されている。読み進めるにつれて、組織において一番大切なのは、「自分で考え行動する」というあり方だと感じた。これは私の携わる英語教育の「自立学習」にも通じると思う。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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