INTERPRETATION

第630回 「楽しい」を基準に

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

前回のコラムでは「自律学習」について書きました。大事なのはとにかく自分が好奇心を満たせるように動くこと。楽しければ続きますし、「今日新しいことをまた一つ知ることができた!」という思いは幸せにつながります。これは人間のwellbeingに不可欠だと思うのですね。

ところで先日のこと。自販機でミルクティーを購入すると、ラベルに「ウバB.O.P」と書かれていました。

「ウバ・ビー・オー・ピー?」

初耳です。一瞬、「ウバ・ボップ?」とも思いましたが、アルファベットの間にピリオドがありますので、一文字ずつ読むことが推測できます。おやつ代わりに買った紅茶ですので、そのまま飲めば良かったのですが、やはり通訳の仕事をしているからか、俄然、興味が。早速調べてみました。

わかったこと。それは”B.O.P=Broken Orange Pekoe”の略でした。リーフティーの中でも茶葉が一番小さいのだそうです。

こうして日本語で分かった時点で、今度は英語のサイトを検索。すると出てくる出てくる!BOP(ピリオド無しの表記も見られました)以外にも様々な略称が紅茶の世界ではあることを知りました。わずか120円の自販機紅茶からここまで色々なことがわかると、まさに破格のレッスン料です!

冒頭の「楽しい」というキーワードに話を戻しましょう。

数年前のコロナ蔓延を機に私は落語にはまりました。あの頃は外出もままならず、今までの当たり前が通用しない時代でしたよね。ゆえに私の中では「とにかく明るく過ごすにはどうすべきか」が大きな課題だったのです。たまたま友達に落語の楽しさを紹介してもらったところ、私の中では大ヒット。日曜夕方の日テレ「笑点」を観たり、寄席や独演会に出かけたりするようになりました。

落語の良さは「楽しくて笑える」だけではありません。教壇に立つ私にとっては、落語の「マクラ」も大いに参考になります。観客をグッと自分に引き寄せるための話題選択、ことばの用い方、間の取り方、緩急の付け方など、あらゆることが指導現場で役に立つのです。しかも独演会の場合はたいていが2時間で終了。アンコールも「試合延長」もなく、競技のような「勝ち負け」もありません。120分間、大笑いした後は気分爽快に会場を後にできることが保証されているのです。

ところで私はイギリスが好きなので、現地を舞台にした映画を観に行くことがあります。数年前のこと。某作品においてはあらすじもロクに調べぬまま映画館へ。確かに景色は美しかったのですが、内容がヘビー過ぎてかな~りメンタルをえぐられました(笑)。それに比べて落語は「観に行って良かった!」と必ず思えるのですよね。

日々の生活において、自分が「楽しい」と思えているかを絶えず心の中に問いかけてみる。少しでも違和感がある人間関係や空間に自分の身を置き過ぎないこと。そうすることで、世知辛い今の世の中であっても、ハッピーに生きていけるように私は感じています。

(2024年4月16日)

【今週の一冊】

「全国飲食チェーン本店巡礼~ルーツをめぐる旅」(BUBBLE-B著、大和書房、2013年)

最近はテレビもラジオも見逃し・聞き逃し配信で楽しめる時代。でも、私はリアルタイムで聴くのが好きです。とりわけラジオ生放送の場合、「今、この瞬間にこのナビゲーターはマイクに向かって話している!」と考えると嬉しくなるのですよね。同じ空間は共有できなくても、場所を超えて同じ時間を生きている、という感覚です。

今回ご紹介する本もラジオがきっかけ。数週間前の朝に聞いた「J-WAVE TOKYO MORNING RADIO」から。ナビゲーターの別所哲也さんがインタビューしていた相手が、本作の著者・BUBBLE-Bさんでした。氏の本業はミュージシャンですが、実は「本店」愛好家。国内外の「本店巡り」が趣味だそうです。

本書は2013年発行のため、少し昔の情報になるのですが、今なお健在の本店はたくさんあります。中でも印象的だったのが、「がってん寿司」。本店が埼玉県深谷市であることは知っていたのですが、運営会社RDCの由来が秀逸でした。Restaurant Dramatic Companyですが、当初はRestaurant Dentistry Companyだったとか。創業者が元・歯科医師だからだそうです。

こうした小話がたくさん出ているのが本書の特徴。これを読むと、本店巡りに魅了されます。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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