INTERPRETATION

第704回 通訳 昭和ものがたり~ロジスティクス編

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

前回は資料への対処法についてでした。今週はロジスティクス編と題してお送りします。具体的には、業務当日の装い、荷物、現地への交通手段などに関してです。

1 荷物はとにかく重かった
今でこそ機内に持ち込めるサイズのキャスター付きバッグがありますが、昭和の頃はそもそも売られておらず。よって、分厚い専門辞書や大量の紙資料を入れたボストンバッグを片方の肩に、もう片方には貴重品やポーチ、手帳などを入れたショルダーバッグをかける、というスタイルでした。当時はエスカレーターもエレベーターもほとんどなく、時差出勤もなかったため、ラッシュ時の電車は超満員!現地に行くだけでクタクタになりました。

2 ドレスコードが今とは違った
昭和の頃の女性のドレスコードはタイトスカートのスーツにストッキング、そしてパンプスでした。パンツスーツやスニーカーなど言語道断だったのです。移動中も足の痛みに耐えながら現地へ向かったものでした。ロングブーツなどもNGでしたね。

3 小銭とテレホンカードは必携
何しろスマホが無い時代でエージェントとの連絡は公衆電話のみ。そのため、テレホンカードに加えて10円玉と100円玉の小銭も常に持ち歩いていました。テレカが使えるのは「緑色の公衆電話」のみでしたので、それらがどこにあるかも把握するようにしていました。

4 時刻表と地図も常備
「グーグルマップ上で現地までのルートを案内してもらう」など考えられなかった当時です。目的地までの道順は紙版の地図帳で調べていました。また、タクシーにはカーナビが付いていないため、私が手持ちのポケット版地図帳を見ながら運転手さんにショートカットのナビをしたこともあります。一方、路線検索に関しては、事前に自宅常備の時刻表をめくり、自分でルートを確認しました。当日移動中に電車の遅延があった場合には、ポケット版の時刻表(カバンに常備)で代替ルートを調べていましたね。切符はもちろん紙版。みどりの窓口の長蛇の列に並んで買っていました。なお、どうしても現地までのルートが不安な時は、自腹で「下見・予習」として事前に見に出かけたこともあります。

5 力技での予習
ネット検索ができない時代でしたので、案件が決まると地元図書館や大型書店へ駆け込み、自費で関連書籍をコピーしたり購入したりしていました。また、日ごろから新聞を欠かさず読み、業務関連の有無を問わず、多様な知識をインプットするよう努めました。新聞をハサミで切り抜き、スクラップもしていましたね。スクラップした大量の資料をどう整理するかで悩んだ当時の愛読書は、野口悠紀雄著「『超』整理法」(中央公論新社)でした。

6 現場ではコーディネーターとタッグ
当時は有名ホテル内に大手通訳会社がビジネスセンターを構えていました。センターは直前の資料変更、コピーなどの業務に対応する場所だったのです。一方、当時一番心強かったのは、コーディネーターが現地入りすることが多かったこと。突発的なスケジュール変更やクライアント側からの無理難題、機材トラブルなどにはコーディネーターが窓口となって解決してくれたのです。通訳者は通訳パフォーマンス「だけ」に集中することができ、まさに「タッグを組んだ現場」という時代でした。

次回は通訳現場の物理的環境を取り上げる予定です。

(2026年9月22日)

【今週の一冊】

「キジトラのテコ」船ケ山哲著、KKベストセラーズ、2026年

保護猫との出会いがきっかけで鬱から回復した著者。その様子は2024年発行の「捨てられた僕と母猫と奇跡」という本に記されています。今回ご紹介するのはその保護猫「テコ」の写真集です。

テコが船ケ山氏の元にやってくるまでは警戒心が強かったとのこと。一方の氏も会社での生活から鬱状態になり、ボロボロでした。傷ついた両者が支え合う様子が、本書の写真と文章からわかります。テコの繊細な気持ちを代弁する船ケ山氏の感性を、文章から感じ取ることができます。

人は誰でも生きていれば苦難に直面します。「もう無理」と絶望することもあるでしょう。そのような時、誰かに守られたいと思うのが人間です。しかし、著者はあとがきでこう述べています:

「弱っているときこそ、強い誰かに守ってもらうのではなく、更に弱い存在を受け入れ守ることで強くなれるとテコは教えてくれた。」

亡きダイアナ妃も、社会的に弱い立場の方々に心を寄せていました。支え、支えられて生きていく。それが人生なのかもしれません。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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