INTERPRETATION

第709回 通訳 昭和ものがたり~バブル時代編

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日、20代前半の方と話す機会がありました。当時のメイクや髪型、ファッションなどでひとしきり盛り上がった後、彼女はこう言ったのです:

「いいなあ、私もバブル時代の日本に生きたかったなあ。」

確かに最近は昭和レトロブームですし、テレビでもあの時代がよく特集されていますよね。でも、私からすれば、当時は「ハラスメント」などという言葉が存在しなかった時代。職場もどこもかしこも煙モクモクでしたし(タバコの煙で船酔い同様の現象に見舞われる私にとってはツラかった)、大きな声で部下を怒鳴りつけている光景も日常茶飯事。朝のお茶くみ当番もありましたし、女性社員は「ウチの会社の女の子」と呼ばれていたのです。お酒の席でのボディタッチも、「結婚はまだ?」も定番でした。男女で賃金格差もあったのです。

それでもなお、「あの頃は良かった」と懐かしまれるのが昭和から平成にかけての日本経済最盛期。そこで今回は、通訳者として体験したバブル時代の羽振りの良さについてお伝えいたします。

1 移動手段がVIP
駆け出し通訳者だった私でさえ、クライアントとの移動手段は常にVIP仕様。たとえば成田空港にお迎えにあがった際、都内までの車はベンツ!しかも助手席のヘッド部分が倒されており、末席(つまり助手席の真後ろ)に座る私にとっては視界良好となりました。一方、電車も常にグリーン車。喫煙グリーン車は私個人にとってはしんどかったですが、当時はそもそもグリーンに乗る乗客が少ない時代。実に静かな車両でした。

なお、飛行機でビジネスクラスを利用したこともありますが、周りの平均年齢が高く、ビジネスパーソンばかり。私の正直な感想は、「こんな若いうちからこのような席になじみ過ぎてしまうのは、かえって危険」というものでした。

2 出張先での規格外おもてなし
クライアントがスイートルーム宿泊という案件時。私にも同じスイートルーム・フロアのシングルルームがあてがわれました。フロントから直通のエレベーターを降りると、他のフロアとは明らかに異なるふかふか絨毯。パンプスが埋もれるかと思いましたね。これも自分にとっては分不相応でコワくなったのを覚えています(よほど小心者なのでしょう・・・)。

翌日は企業視察や挨拶回りの同行通訳で、難解な内容ゼロの一日。なのに、「わざわざ東京からいらして下さったので」と霧箱入りの最高級名産品を頂戴したこともあります。あるときなど「鰹節用のかつお本体」(正式名称:本枯節)を頂いたのですが、我が家には削り器がなく、慌てて買い求めたのでした。

ちなみに別案件でのエピソード。丸一日のアテンド通訳に喜んでくださった某国VIPが「ぜひとも通訳さんにお礼がしたいので、ワイン売り場のデパートに案内して」と仰せ。新宿伊勢丹にお連れしたところ、お国の最高級ヴィンテージワインを購入され、”Thank you very much!”と私に手渡されたのでした。

3 通訳者として振り返ってみると・・・?
今やすべてが値上がりして賃上げも心もとないという時代。聞こえてくるニュースは物価高や紛争など、気持ちが滅入るものばかりです。一方、バブル期は「お金を払うこと」そのものが一種のエンタテインメントだったように感じます。数千円もするお豆腐、タクシーでも何でも経費で落とせたこと、大学生のうちから車を買ってカノジョを乗せるのが王道などなど、生活の中のお金はとにかくお財布から「出すもの」だったのです。今の買い控えの正反対ということになります。

かたや私はデビューして間もない駆け出し通訳者。訳出レベルなどまだまだなのに、実力以上のVIP待遇を受けていました。と同時に、英語話者も少なく、文字起こしソフトも自動翻訳機もなかったため、「私がここで訳さなくてどうするっ!!」と自分を鼓舞してもいました。アドレナリンMAXでバブル期の高揚感の中にいたのだと思います。

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海外に行けば”Made in Japan”の車や家電があり、「日本人」と言うだけで世界から尊敬の念で歓待される。誇りあふれていたのがバブル期だったと思います。しかし、バブルが弾けた今、当時を振り返ってみると、「果たしてあれは本当に起きたことだったの??」といぶかしくなるほどです。何もかもが高級で羽振りが良くてキラキラしていた時代。そのような日々の中で「通訳者」というシートから社会を見ることができたのは、稀有な経験だったのかもしれません。

次回は、「バブル期の通訳者ステータス編」と題してお送りします。

(2026年11月3日)

【今週の一冊】

「盆栽BONSAI」依田徹著、KADOKAWA発行、2015年

盆栽に関するイベントで通訳を頼まれたことがあります。私は通訳を依頼された際、最初におこなうのが「そのテーマを知っているか?」と自問自答すること。既知であれば準備もスムーズですが、未知の場合、ゼロからの勉強になります。今の時代、ネットで調べるのも簡単なのですが、「まずは専門ミュージアムへ行こう!」と思い、大宮盆栽美術館へ。実物を見て、説明を読み、学芸員さんに質問できたことで、盆栽への興味が俄然UPしました。

そこで今回ご紹介するのがこの一冊。小さな文庫本サイズですが、カラー写真で多様な盆栽が紹介されており、歴史や作り方、盆栽にまつわるエピソードが満載です。盆栽というのは、通常であれば大木にもなるような木を、小さな鉢の中でミニチュア版として育てます。ですので、数百年単位で向き合うことにもなるのです。まさに時代を超えた芸術作品となります。

本書でとりわけ印象的だったのが、三菱財閥の二代目総帥である岩崎彌之助。明治期における盆栽愛好家でした。ただ、盆栽の維持には莫大なお金がかかったため、彌之助没後になるとコレクションは散逸してしまいました。幸いそのうちの一つ「イワシデ」は、大宮盆栽美術館に展示されています。

ちなみに私が訪れた日の大宮盆栽美術館。日本人より外国人訪問客の方が多かったです。関心が高いのでしょうね。

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柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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