第702回 通訳 昭和ものがたり~「資料が届いたら?」編
前回は昭和から平成初めごろの通訳業務受託と初期準備についてご説明しました。今回は「資料が届いたら?」と題して具体的なプロセスを綴ってまいります。
1 その前に「紙資料到着前・番外編」
メールもネットも黎明期の当時、通訳案件で必要な資料はすべて紙媒体でした。資料がエージェントから手元に届くまで通訳者は何もできませんので、前回お伝えしたように下調べをひたすら行うのですよね。たとえばその頃私が受けた業務の中に海外の釣り竿業者の方がおられました。釣りは私自身、幼少期に1回やったことがあるだけで、しかも子ども用の「なんちゃって釣り竿」レベル。でも通訳業務は本格的な商談でした。そこでエージェントからの依頼電話を終えて最初におこなったのが、最寄り駅の売店まで走っていき、「週刊つりニュース」という専門新聞の購入。その足で近所の書店(あの頃はどの駅前にも書店があったのです)へ行き、「月刊つり人」も入手しました。「釣り」と名の付く書籍も併せて大量購入し、帰宅してパラパラとめくりました。とりあえず「釣りとはどういうものなのか?」を把握すると同時に、新聞や雑誌の欄外広告(←ココ重要)を眺めることで、業界の全容を掴むようにしました。
2 紙資料の到着(ファクス編)
当時の紙資料は、分量が少なければファクスで届いていました。自室に引いた固定電話(兼ファクス)の呼び出し音が鳴り、受話器を取ると「ピーヒョロヒョロヒョロ♪」という音が聞こえてきます。ファクス受信音です。何枚出てくるかはわかりませんので、ひたすら電話機前で待ち構えて息をのみながら受信したものでした。ファクスなので多少文字がつぶれているのもよくあること。受け取った枚数を確認し、エージェントに無事受領の電話連絡を入れたら読み込み開始となります。
3 紙資料の受領(宅配便編)
資料が大量な場合、エージェントから宅配便で送られることもその頃は主流でした。今のように時間指定受領や置き配など無い時代。なるべく自宅にいるようにして配達員から受け取っていました。玄関で封筒を受け渡された際、中の資料の厚みと重みでその通訳案件のレベルを感覚的に捉えることができたのも当時の特徴。ちなみになぜ「電話帳のような分量の資料」とたとえられたかと言いますと、あの頃は個人名も企業もすべて電話帳に掲載する時代であり、それゆえに電話帳というのがとにかく分厚かったのです。プライバシー関連法が今ほど整っていませんでしたので、世帯主のフルネームと住所・電話番号が個人用電話帳に掲載されるのはデフォルト。企業に関してはタウンページという黄色い電話帳にすべて掲載され、こうした電話帳が戸別配布されていたのでした
4 紙資料の受領(バイク便編)
たとえばクライアントからの資料が業務前日に完成した場合、エージェントが通訳者へバイク便で送るという方法もありました。ただしバイク便は宅配便より高額で、エージェントによっては予算の都合上、「23区内在住通訳者のみ」というルールも存在していたのです。私は東京ではなく近隣県の住民。よって泣く泣く諦めざるを得ませんでした。翌日、「23区内在住通訳者」は予習済みの資料を携えて現場入り。一方、私はブース内に置かれた資料と初対面。それを本番前に大急ぎでサイトラしていました。
5 紙資料の受領(手渡し編)
宅配便では間に合わずバイク便も予算でNGとなると、唯一残された方法は対面手渡しでした。エージェントから「バイク便が難しく・・・」と申し訳なさそうな電話がかかってきたとき、「では今から取りに伺います!」とオフィスまで出向いたこともあります。なお、あるときは外回り中だったコーディネーターと原宿駅の改札口で落ち合い、受け取ったこともあります。「よし、帰路の電車の中で予習だ!」と内心思いながら分厚い封筒を受け取った瞬間、コーディネーターからこう言われました:
「申し訳ないのですがこの資料は社外秘なので、電車内では読まないでください」
・・・ええっ?明日朝一の業務なのに?じゃ、いつ読むの?(「今でしょ!」が不可)。
この続きは次回にご説明しますね。
(2026年9月8日)
【今週の一冊】

「幸せな孤独 『幸福学博士』が教える『孤独』を幸せに変える方法」前野隆司著、アスコム、2021年
孤独と孤立。最近よくメディアで見かける言葉です。孤独は語感こそ淋し気に聞こえますが、近年は「おひとりさま」という言葉がポジティブにとらえられていますよね。気の合わない人と過ごして神経をすり減らすぐらいなら、そのような人間関係から距離をあえてとるのも生き方としてアリだと私は思います。
著者の前野氏はもともと会社員でしたが、集団生活になじめず、その後研究者として生きる道を選択されました。本書は孤独というキーワードを多角的に分析しており、中でも日本人がなぜ孤独感に陥りやすいかという分析もなされています。特に「空気を読む文化」が孤独を作ってしまうという部分にはハッとさせられました。
中でも印象的だったのが老いについての記述(p198以降)。利己的な欲求で生き続けてしまうと、幸せはどんどん遠ざかってしまいます。しかし、心身の衰えや親しい人との別れがある高齢者こそ利他的に生きる大切さを著者は説いています。そのことがむしろ幸せを増やすのですよね。
何かと世知辛い昨今。だからこそ老いを受け入れ、他者へ思いを馳せることが大事と考えさせられました。
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