INTERPRETATION

第707回 通訳 昭和ものがたり~現場マナー編

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

私が新卒で最初に入った会社は外資系エアラインでした。当時はまだメールも無く、新人の私は張り切って電話をとっていましたね。もっとも、元気が良すぎて先輩から「電話口の声が大きい」と注意されたこともありました。相手のことを考えながら動くこと。それがマナーであるとその時痛感したのでした。

基本的なマナーや礼儀というのは、時代を経ても変わりません。また、相手を敬う気持ちは国境を超えるとも言えます。では昭和のころの通訳現場はどうだったのでしょうか?今日はそのご紹介です。

1 ブース内の上座?下座??
今でこそ職場の人間関係はフラットですが、私がデビューしたころは、ブースの座席もまずは先輩が先に選ぶという雰囲気でした。もちろん、それがMUSTだったわけではありません。むしろ当時の無理難題だらけの「ザ昭和オフィス」と比べれば、通訳の先輩方はみなさん親切でした。でも、中学高校の部活で先輩後輩を強く意識して育った私としては、やはりまずは先輩を立てることを良しとしていたのですね。先輩にとって同通ブース内の席も右か左かで好みが分かれるからです。

なお、デビュー当時に注意されたのは、先輩が同時通訳をしている間、私が横で自分の分担箇所のサイトラをしていたとき。私のボールペンの紙への着地音が思いのほか大きかったようです。以来、ブース内での自分の立てる音や動きには気を配るようになりました。

2 三歩下がって師の影を踏まず?
大先輩とご一緒した時など、会場の入り口に入る順番や廊下を歩く順番、エレベーターを誰が押すかも当時の私は意識していました。今の価値観からすれば考えすぎと言われそうですが、何しろ当時の私はまだまだ駆け出し通訳者。クライアントとのやりとりも、先輩が担って下さったのは実に心強かったですね。だからこそ、先輩を立てたいという思いが私にはありました。

ただ、先にも書いた通り、ベテランの先輩方ほど謙虚でお優しく、私が歩く順番を譲ろうとするとかえって恐縮されたことも数知れず、でした。

3 休憩時のお弁当は?
丸一日の案件でお弁当が支給された時のこと。やはり部活マインドがしみついていたからか、先輩の箸の進み具合をつい伺い、同じペースで食べようとしていました。今でも「目上の人より先に食べ終えるのは失礼」というマナーがありますが、昔はもっと神経をとがらせていたと思います。でも、やはり先輩の方から「私、食べるの遅いから気にしないで。貴重なランチタイムだからご自由にね」などと言われて、私など非常に恐縮したものでした。

***

昭和時代の先輩後輩関係は、昔の徒弟制度の名残りと言えるでしょう。今なら内容によってはパワハラになりかねません。でも、相手が不快にならないように気を配ることはいつの時代でも大切だと私は思います。そのようにして和やかな雰囲気が現場にできることで、どの通訳者も伸び伸びと通訳に集中できる。それがひいてはクライアントにとって喜ばれるプロダクトになると私は考えています。

次回は「夜の通訳編」。ホンモノのお座敷を体験したことなどをお伝えする予定です。

(2026年10月20日)

【今週の一冊】

「『数値化』中毒」小塩真司著、PHP新書2026年

昔から私は目標を立てたり数値化したりということに関心があり、これまでも色々と試行錯誤してきました。たとえば「1日1万歩を100日続ける」「斜め読みでも良いから1日一冊を100日継続」という具合です。ノートに「1/100」のように書き出し、数が増えていくのが楽しみだったのですね。モチベーションを保つうえでは大いに効果がありました。

しかし!こうした手法も善しあしなのでしょう。結局途中で息切れしてしまい、残ったのは中途半端な数字。すると自分の不達成状況が不甲斐なく思えてきます。「せっかく始めたのに途中で終えてしまうなんて」とモヤモヤしてしまうのですね。

でもよーく考えてみると、私がとらわれていたのは単なる数字に過ぎないのです。サザンの桑田佳祐さんが「ただの歌詞じゃねえか、こんなもん」という本を1984年に出していますが、まさに数字も同じ。「ただの数字」なのです。

そんな思いを抱いていた時に見つけたのがこの一冊。昨今の人々がいかに数字に振り回されているかが記されています。数字がかえって人々の行動をゆがめてしまうという記述にハッとさせられました。

 

大事なのは「死ぬ間際になって、『ああ、いい人生だったな』と思えること」(p216)と記す著者。スマホやスマートウォッチの数字から距離を取りたい人にお勧めしたい一冊です。

 

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

END