INTERPRETATION

第703回 通訳 昭和ものがたり~「資料攻略」編

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

前回の本コラム(https://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/27790.html)のエンディングはこんな感じ:

「申し訳ないのですがこの資料は社外秘なので、電車内では読まないでください」

 ・・・ええっ?明日朝一の業務なのに?じゃ、いつ読むの?(「今でしょ!」が不可)。

まだデジタルなど無い時代。クライアントの資料がギリギリで完成するも、私は23区内在住者でないため、バイク便で送ってもらうことも不可。ならば私がエージェントまで出向くしかない!そんな状況でやっと手渡しで得た資料。「帰路、電車内で猛勉強だ!」と内心意気込んでいたら、この牽制でした(涙)。

ということで今週は大量の資料をどう攻略していったかをご紹介しますね。

1 まずはページ番号振り
大量の資料を受け取ったら、最初に私が必ずおこなったのは「ページ番号記入」。これは通訳黎明期を作られた亡き村松増美先生が「ブース内で資料を落としてしまい、大変な思いをした」と語っていらしたからです。そこで私は資料を受け取ったらとにもかくにも通し番号を振り、「1/20」のように総ページ数も必ず書いていました。総ページ数が分かると本番中も残り時間や残りの分量がわかりますし、当日にパートナー通訳者と分担もしやすくなりました。

2 資料はすべて紙(もちろん)
次は資料全体をパラパラとめくり、難易度や文字・図解の割合などをざっとチェック。最初から精読すると気が遠くなりそうですが、まずは全体を把握することで「とりあえず最後のページまで目を通した」という事実がモチベーションになりました。斜め読みが終わったら1ページ目に戻り、いよいよサイトラ開始。スラッシュを入れながら読み進めます。ここでもまずは最後までスラッシュ入れが優先であり、辞書引きはその後におこなっていました。

3 辞書引き作業
今のようにファイルごと自動翻訳など無かった時代。一言一句を全訳する時間はありません。キーワード「だけ」を辞書で調べて書き込むのが関の山でした。投影資料はもちろん、挨拶原稿などもすべてこのように「サイトラ+キーワードの訳語書き込み」がほとんどでしたね。

4 ・・・で、「電車内で読まないで資料」その後は?
先程お伝えした手渡し資料。封筒で受け取るとずっしりとした重さでした。車内で読めないとなると家で作業するしかありません。本番は翌日9時から。となると、「帰宅して夕食・入浴を済ませた後、徹夜も覚悟で読み込む」、または、「とりあえず睡眠を優先して午前3時に起床し、午前6時までの3時間にかける」かのどちらかでした。私がとった選択は後者。そこで資料の総ページを「3時間」で割り、「1時間に読むべき量」「30分で読むべき量」という具合に細分化し、タイマー片手に読み込みました。このような状況に追い込まれると火事場の馬鹿力が出てくるのでしょうね。何とか本番までに間に合いました。やはり睡眠第一です。

以上、今週は紙資料の取り組み方についてご説明しました。次回は「路線検索もグーグルマップも無い時代に、どうやって会場へ出向いたか?」などのロジスティクス面をお伝えする予定です。

(2026年9月15日)

【今週の一冊】

「80歳。いよいよこれから私の人生」多良久美子著、すばる舎、2023年

小学校2年生の時、私はオランダに引っ越しました。その当時はまだネットも無い時代で、日本食品店はおろか日本語書籍の書店も現地にはありませんでした。航空便も高額で、それこそティッシュペーパー並みに薄くて軽い「航空便用便せん&封筒」を使って手紙のやりとりをしていたほど。よって「船便」で日本にいる親戚から書籍などを送ってもらっていました。

当時私が愛読していたのが小学館の学年雑誌。私は小2だったのですが、なぜか「小学3年生」を読んでいました。今となっては理由も思い出せませんが、自分なりに情報を先取りして背伸びしたかったのでしょうね。それが根本にあるからなのか、大人になってからも自分の年齢より上をターゲットにした書籍や雑誌に惹かれています。

今回ご紹介するのもそんな一冊。著者の多良氏の名前でピンとくる方もおられるかもしれません。お姉さまの多良美智子さんは、80代後半ですが横浜の古い団地でおひとりさまライフを楽しんでおられます。その様子が書籍化されているのです。妹の久美子さんは8歳年下です。

表紙には朗らかな笑顔の久美子さんが写っていますが、その人生は波乱万丈。息子さんは幼少期の病気により重度知的障がいに、お嬢さんはガンで40代で早逝されたのです。息子さんは現在50代とのことですので、成育過程においては今ほど社会福祉も整ってはいなかったでしょう。相当の苦労を経てきたと想像できるのですが、本書はいたって明るい筆致であり、読者を勇気づける言葉ばかりです。

先のことを不安に思っても前へ進めません。「ひとつひとつときほぐしていけば、解決策が見つかる」「明日は今日よりちょっとでも良くできないかと考えて」など、生きる上で指針となるフレーズがたくさんあります。

中でも私が一番感銘を受けたのは、

「どんな状況でも、不思議と助けてくれる人が出てこられる」

という一文。一人で抱え込まず、周囲にほんの少しでも相談してみる、SOSを出してみる。その一歩を踏み出すことで、自分が想像している以上のサポートに巡り合えるのだと思います。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

END