TRANSLATION

第350回 出版翻訳家インタビュー~安納令奈さん 後編

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

今回の連載では、出版翻訳家・安納令奈さんのインタビュー後編をお届けいたします。キャリア中断後、翻訳のお仕事に復帰されてからのことを、最新作『後世に伝えたい 世界の名作おとぎばなし』のお話を中心に伺いました。

安納令奈さんプロフィール:
大学卒業後、外資系企業や国際NGOなどで、広報・マーケティングに携わる。訳書に『世界で読み継がれる子どもの本100』、『帰りたい』(以上、金原瑞人さんと共訳)、『[ヴィジュアル版]歴史を動かした重要文書』、『グレート・リセット ダボス会議で語られるアフターコロナの世界』(共訳)、『いつかは訪れたい 美しき世界の寺院・神殿』などがある。

寺田:翻訳のお仕事には、どのようにして復帰されたのでしょう?

安納:大学に通う際に、体調を崩していることは金原瑞人先生にもお伝えして、ご心配いただいていました。そんな中、たまたま先生のところに『後世に伝えたい 世界の名作おとぎばなし』の翻訳のお話が来たんです。

実は、以前に同じ出版社から『世界で読み継がれる子どもの本100』の翻訳依頼があったときに、金原先生と私たち翻訳者のグループで翻訳をしたことがありました。その際、まとめ役をした経験があったので、今回も「まとめ役をやれる?」と先生からお話がありました。

迷いました。でも、グループ翻訳であったこと、子ども向けの読み聞かせのお話であること、納期に余裕があったことから「やれるかもしれない」と思ってお引き受けしました。

寺田:本書は8名で担当されたとのことですが、どのように割り振ったのでしょう?

安納:たとえば「うりこ姫とあまのじゃく」という収録作品があるのですが、「うりこ」は原文では“Melon”になっているんです。AIや日本のことを知らない人は、「メロン姫」と訳すかもしれない。おとぎ話ということもあり、それぞれの国についてある程度の土地勘が必要だと思いました。

そこで、まずはどこの国のお話かを一覧にして、かつて住んでいた国や旅行したことがある、知り合いがいるという国を優先して選んでもらい、担当者を決めました。埋まらなかった場合は私が担当しました。私は以前に住んでいたフィリピン、語学留学をしたイタリアや、旅で訪れたことのあるスペイン、ギリシャなどを手がけました。

寺田:もともとの原書はイタリア語で、その英訳版から翻訳されたんですよね。

安納:はい。本書はイタリア語からの重訳なのですが、絵本は絵が主役ですから、テキストの配置スペースが決まっていて、文字数に制限があります。そのため、英語版では、はしょっていると思われる箇所など、辻褄が合わないところがありました。もしかしてイタリア語版では違うのかもしれない、とつきあわせてみると、欠落していた部分がわかりました。

すべてをイタリア語版と照らし合わせるのは難しいものの、おかしいところだけでも戻したほうがいいと思って対応しました。たまたまイタリア語の心得がありましたし、今はAIで裏も取れますし。

寺田:そういうときにはAIが便利ですよね。そんなふうに欠落している箇所もあったんですね。

安納:英訳された方が好みではしょっていた箇所もあったようです。ただ、おとぎ話の場合「これだけが正しい」ということはないので、日本語で読んだときにオチがうまくおさまるように考えて微調整しました。

寺田:私はグループ翻訳の経験がないのですが、1人で手がける場合と比べて、どのような違いがあるのでしょう? 用語の統一とか文体は最初に決めておくんですか。

安納:そうですね。表記は最初に版元にルールをお聞きして共有します。漢字の「開く」「閉じる」などはある程度決めていただきます。そして2人1組でペアになって、それぞれ自分の担当分の翻訳が終わったら、お互いに相手の翻訳をチェックします。そして全体を私がチェックして、最終的に金原先生に見ていただきます。

グループ翻訳のいいところは、常に客観視できるところです。何百回も読んでいますから、「この訳はこれしかない。自分の訳はかわいい」と完結してしまいがちなところを、ペアを組んで相手に見てもらうことで、「こう読めちゃうんだ」「こんな解釈の揺れがあった」という学びがあります。ペアを組んだチェック担当者が翻訳担当者よりも調べ物をしていて、「このお話にはこんなバージョンもあって、この説が有力」と教えてくれることなどもあり、手の回らなかったところに気づけます。グループ翻訳の醍醐味であり、楽しいところでもあります。

寺田:なんだか読書会の醍醐味や楽しさにも通じますね。

安納:なるほど。そうですね。

寺田:解釈の違いが結構出るものなんですね。

安納:はい、驚きました。一つひとつのお話がとても短いから解釈の揺れようがないと思っていたんですが、何度書き直したかわからないくらい……バージョン3、4……と変わっていきましたね。

寺田:それだけ入念に各自がチェックをして、ペアでもチェックをして、さらに安納さんがチェックをしてから金原さんが監修されるわけですが、そこでの監修は、どんなことをされるんですか。

安納:誰が何を担当したかは念頭に置かず、70篇のお話を頭から通して読んだときに「表現が硬い」「もっと簡単にいえる」「まどろっこしい」というところに手を入れてくださいます。壁塗りで均一にならすような感じです。こんなに私たちが手を入れたのに、これがまたびっくりするくらいの仕上がりになるので、やっぱり違うんだな、とつくづく学ばせていただきました。

寺田:そこでもかなり赤が入るんですか。

安納:入りますね。短いお話でもこんなに入るんだ、というくらい。

寺田:みなさんが入念に仕上げた後なので、ざっと見るくらいで、それほど手を入れなくて済むのかと思っていました。

安納:児童書特有の仕様があり、担当者の間でもやはり濃淡があります。児童書に慣れている方と慣れていない方ではさじ加減が違うのを、金原先生がならしてくださるので、それがいちばん勉強になります。

寺田:お仕事をしながら勉強にもなりますね。お話を伺っていると、グループ翻訳は楽しそうですね。

安納:はい、楽しいです。

寺田:大変だったのは調べ物ですか。

安納:個性の違う8人に同じ仕様にしていただくよう調整することでしょうか。直すのにも配慮が要ります。その方の味があるので、どこまでそれを直していいのか、すごく気を遣いました。でも、仕上がってみると大変なことは忘れてしまいます(笑)。ただ、病気だったことも忘れそうになるので、頑張りすぎないように自分を俯瞰していました。

寺田:病気をしたおかげで、そのあたりのコントロールができるようになったというか……。

安納:そうだと思います。「兵隊さんは死ぬまでラッパを放しませんでした」ではないですが、以前は「これが終わったら倒れてもいい」くらいの勢いで翻訳をしていたんです。それでは命がいくらあっても足りないと気づきました。身体がしっかりしていないと一定のクオリティのものをコンスタントに生み出せないと身をもってわかったので、無理はしなくなりました。

寺田:それはよかったです。

安納:たぶん、そのはずです(笑)

寺田:本書の読みどころを教えてください。

安納:読みどころがないというか、あえて突出したところがないように、スーッと読めるようにしています。「絵とともに読み聞かせて、子どもさんが笑ってくれればそれでいい」と思っています。

寺田:なるほど。拝読して、国を問わずに共通する神話の原形のようなものを感じました。「恋する火山」のお話での山に対する態度は、三輪山のように山を神さまと見なす日本の精神にも通じます。逆に、国ごとに地域的な色彩が強い部分があるのも興味深かったです。「3本の矢」ではなく「5本の矢」になっているとか。

『STORIES Vol.1』に「百年読み継がれる本を作る」という夢について書いておられますよね。今後のことについて聞かせてください。

安納:AIの世の中になり、「どうすれば好きなことを続けられるか」を考えるべき時代になったと思います。翻訳者がどれだけ生き残れるのかという議論も聞かない日はありません。ですが、自分を救ってくれた「言葉」にまつわることにこだわっていたいです。翻訳か創作かという二択ではなく、自分ができることを楽しくやれて、それを楽しく読んでいただけるようにしていくしかない、と今はシンプルに考えています。

翻訳においては自分のテーマを決めて、幼少期からご縁のあったアジアで活動する作家さんの作品から、そのテーマに沿ったものを見つけてご紹介できたらと思っています。100年の時の試練に耐えるにはよほどの名作でなければならないのですが、気持ちとしては、「売れ筋だから」というのではなく、「この本を多くの人に読んでもらいたい」という初期衝動を大切にしたいです。そういう作品を日本語で紹介できたら、それに勝る喜びはないでしょう。

倒れていたとき、翻訳がまたできるかわからないときに、気に入った本の書き写しをしたり、覚えておきたいフレーズをノートに書き出したりしていました。その中でも谷川俊太郎さんが「翻訳は自分の中の孤独と向き合う作業だ」という主旨の話をされていたのが、心の中の南十字星になっています。AIが介在する世の中になっても、「違う言語で発せられたメッセージを、そのまま本人が書いたかのように日本語で伝える担い手として残りたい」という思いは変わりません。

創作については、「創作表現論」の講座を通して、発表する・しないにかかわらず、「伝えたいことを書く」人たちに巡り逢うことができました。聴講生仲間のひとり、翻訳者の中西史子さんが立ち上げた古書店alnwick books(アニックブックス)で、「創作表現論」をベースにした金原先生の講座が時折開かれて大学外ゼミのように機能しています。なので、そこで出逢えた方々にもまれながら、自分が書きたい、伝えたいことを、翻訳とは別に発表する場をこの先も持てたらと思っています。その経験が翻訳に還元されたら、これほどうれしいことはありません。

寺田:いい形で今後も続けていかれることが目に見えるようです。

安納:ありがとうございます。そうだとしたら、そして作品が100年残るとしたら、本当にうれしいです。今はひたすらブックハンティングです。

寺田:今後手がけられる作品も楽しみにしています。本日はありがとうございました!

 

安納さんのエッセイや金原瑞人さん、服部真里子さんとの鼎談などが収録された『STORIES Vol.1』は、とても楽しませていただき、ZINEという媒体の持つ魅力を実感しました。安納さんの影響で、回文にも興味が広がっています。言葉を失った状態から、また翻訳のお仕事に戻ってこられた安納さん。そのお話に、励まされる読者の方も多くいらっしゃることでしょう。貴重なご経験をお福分けくださり、ありがとうございました!

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。

※出版翻訳に関する個別のご相談はコンサルティングで対応しています。

※雑誌『セラピスト』で「寺田真理子さんと作る セラピストの本棚」を連載しています。最新号の10月号が発売中ですので、ご覧いただけたらうれしいです。

 

 

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

END