第347回 今の時代に紙の本を出すということ
しばらく前から、電車の中で紙の本を読む20代くらいの方を見かけることが増えたように感じています。文庫本で熱心に小説を読んでいることが多いようです。
昨年の今頃、作家の多和田葉子さんが、韓国に旅行した際のことを新聞のコラムに書いていました。紙の本を読んでいる若い人が意外に多く、韓国人の翻訳家の方にその話をしたら、「最近は紙の本を読むことがヒップだと言う若い人が増えているんです」と教えてくれたそうです。「テキストヒップ」と呼ばれるこの現象が、日本でも少しずつ広まっているのでしょうか。
『本を読めなくなった人たち』に、紙の本に関してこんな記述があります。
“紙の書物がいいのは、「閉じている」ことだ。ネットにつながっていないスタンドアローン。独立的、排他的、自律的に、知と向き合える。外野からやいのやいの言われることなく、一切の横槍が入らない状態で知に取り組める。これは「紙の本の手触り」といったロマンチシズムやノスタルジーと結びつきやすい特性とは別の、むしろ紙の本の高い機能性や合理性を示すーインターネット時代だからこそ際立つー特徴と言えるのではないか。”
この指摘は、紙の本の「物としての強み」を示しています。無限スクロールに疲れた若い世代にとって紙の本は、始まりと終わりが見えている物理的な存在であることも、疲労しない媒体として魅力を感じられるのかもしれません。
ハイキャリアの閲覧ができない状態が続いていたとき、そんな紙の本の魅力について考えていました。
この連載の読者には海外在住の方も多いので、こうしてオンラインだからこそお届けすることができます。その一方で、オンラインゆえの問題が生じると、書き溜めたものも一瞬で読めなくなってしまいます。そんなときには、紙媒体の強みを改めて実感します。
『本を読めなくなった人たち』には、こんな記述もあります。
“米国のシンクタンク、ビュー研究所が2024年に発表した調査結果によれば、2013年に存在したウェブページの38%が2023年10月時点で消滅していた。また、2013年から2023年の間に存在したウェブページ全体の4分の1が、同じく2023年10月時点でアクセスできなくなっていたという。ちなみに、筆者が2013年の独立以降に書いたネット記事も、それから12年が経過した2025年時点では、少なく見積もっても50本以上は完全にネット上から消滅している。”
ありがたいことにハイキャリアはこうして復活しましたが、世の中には消えてしまうサイトも想像以上に多いのです。物理的な存在であることには、思いのほか強みがあるようです。
他にも、紙の本の強みを感じたエピソードがあります。とあるパーティーでのこと。zineが配布され、その発行者がこんな話をしていました。「zineのように紙媒体だと、実物を渡せる。どこかに置いておけば誰かが手に取るし、QRコードを貼っておくこともできる。紙には案外出逢いの力がある」。たしかに、物理的に物があることで、可能性が広がるんですよね。
これは、以前に雑誌の表紙に掲載していただいたときにも感じました。雑誌の大きさや厚みの存在感がやはりありますし、それをお渡しすることで、「こういう活動をしている者です」とお伝えしやすいのです。お渡ししながら、「これって『いやげもの』?」という心配は紙ゆえに大きくなりますが……。
そして何より、ある出版社の方が言っていた言葉が、紙の本の力を表していると思います。「辛い時に頼れる依り代であるためには、本はやはり物でなければならないのです。消えてしまうものだと、そこに頼ることができない。心を支えるためには物、存在としての本が必要になる」……本当にそうだと思います。
電子書籍での出版という選択肢もありますが、紙の本だけが持つ力があるからこそ、やはり紙の本での出版を、読者の方にはぜひ実現してほしいと思うのです。
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