INTERPRETATION

第705回 通訳 昭和ものがたり~通訳現場の物理的環境編

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

本稿第700回から始めた「通訳 昭和ものがたり」。そろそろネタが尽きるかなと思いきや、振り返るとあれこれと思い出されてきます。5回目の今日は通訳現場の環境がテーマです。早速ご紹介しますね。

1 マイイヤホンなど無かった
昔の通訳ブースは備え付けの「ヘッドホン」がありました。長時間にわたり同時通訳をしていると、頭への締め付けや重みで疲れましたね。そもそもイヤホンやヘッドホンなど高額な時代。何しろ何十万円もするステレオコンポがまだ健在でしたし、ラジカセやウォークマンは出回ってはいたものの、接続端子の互換性の違いなど色々あって、自分のイヤホンを持って現地入り、というのは発想としてありませんでした。しかも備え付けのヘッドホンは今ほどの高音質でなかったのです。
ちなみにイヤホンの価格が下がるきっかけとなったのは、当時日本に乗り入れていたイギリスのヴァージン航空だったのではと私は睨んでいます。それまでの機内エンタテインメントは聴診器型のイヤホンで持ち帰りは不可。そんな時代にヴァージンは現在のようなイヤホンを無料配布したのです。世間は驚愕しましたね。おそらくあれが出発点となり、イヤホンがお手頃価格になったのではと思います。

2 簡易ブースの防音性
近年の簡易ブースはどんどん改善されてきています。ハンガーフックが壁側にあり、目の前の壁は磁石が使える仕様。簡易ブースなのに防音もしっかりしており、換気ファンも付いています。一方、昔の簡易ブースはまさに文字通り「簡易」で、外からの音も結構入ってきました。と言うことは中の音も外へ漏れていたわけです。私など興が乗ってくるとつい声量が大きくなりがちゆえ、会場最後列の聴衆にとってはうっとうしかったことでしょう。

3 ああ、煙。とにかく煙
今となっては信じられないかもしれませんが、日本で分煙が進んだのはわずか20年ほど前。それまではどこもかしこもタバコOKという時代でした。アテンド通訳で海外からのお客様と東京から大阪まで喫煙車両に乗るなど日常茶飯事。ホテルの宴会場で国際セミナーが開催された時も、参加者のテーブルには灰皿があるのが当たり前でした。会場後方に設置された簡易ブースと、前方の舞台の間が煙でかすんでいる、ということもありました。簡易ブースも今ほど密閉性がなく、煙も入り込んできました。ちなみに私は最近「踊る大捜査線」の初期のドラマ版・映画版を観たのですが、織田裕二扮する主人公はいつもタバコをくわえていました。そんな時代だったのです。

4 オペラグラス必携
今でこそ簡易ブース内にもPCモニターが設置されていますが、当時はそのようなことはなく、ブースの窓から前方のステージ上の巨大スクリーンを凝視するしかありませんでした。よって、オペラグラスは必携でした。ちなみにスライドもお国柄が出るようで(これは現在もそうです)、欧米の方はスライド一枚の情報量が比較的少なめ。一方、日本人話者のスライドには、とにかく情報がぎっしりと書き込まれています。細かい文字をオペラグラスで追いかけ、メモ取りをした際にはオペラグラスを外してメモを読み、またオペラグラス、という時代でした。

5 暑い!暑い!あ・つ・い!!
2018年にコウペンちゃんが登場する「なつのうた」(歌:打首獄門同好会)が大ヒットしました。その中に「暑い!暑い!あ・つ・い!!」という歌詞があるのですが、昭和の頃のブースはまさにそんな感じ。狭いブースの中に多い時は3人の通訳者がひしめき合い、今よりも発熱量が多かった通訳機材が目の前にあり、卓上には「白熱灯照明」もまだあったのです。今のLEDライトは根元や背面自体こそ熱くなりますが、光の部分は激熱ではありませんよね。でも昔のライトは光も本体もとにかく熱くなってしまったのです。よって、夏のブース内はサウナ状態でした(冬は暖かかったですが)。

次回は「通訳 昭和ものがたり~通訳スクール編」と題してお届けします。

(2026年10月6日)

【今週の一冊】

「オフを整える」船ケ山哲著、すばる舎、2025年

前回ご紹介したのは保護猫「テコ」の写真集。その著者である船ケ山さんの本を今週も取り上げます。ちなみに私は1人の著者に巡り合うと、その方の他の作品やおすすめ本などが読みたくなるタイプ。そうすることで著者の思考が分かり、楽しいのですよね。

本書は「オン」の時にどう効率的に動くか、を書いた本ではありません。むしろ大事なのは「オフ」の整え方と説きます。私は通訳という仕事柄、日常生活をいかに無駄なく生きるかが大事とこれまで思ってきました。でも最近なぜか息切れすることに。一日の終わりに疲労困憊となり、ダラダラとスマホ画面を見てしまうという悪循環に陥ってしまったのです。確かにスマホから色々な楽しい情報も得られて楽しいのも事実なのですが、その後に「・・・これで良かったのかな?」となぜか後悔してしまうのです。読書や宅トレ、ストレッチをさんざんこなしても後悔しないのに、スマホは後ろめたくなってしまう。これはデジタルならではの特徴なのかもしれません。

そこで手に取ったのが本書。冒頭に「オフとは、マイナスを排除し、静かに自分を充電する時間」とあり、衝撃を受けました。私にとってスマホを触ることはどうしても罪悪感を伴うのですね。ならば、その「マイナス」を取り除くオフ活動をすればよいのだと気づかされました。その方法が本書には沢山出ています。

「がむしゃらな『オン』だけでは、たどり着けない景色がある」

「オフが整っているから、オンが強くなる」

通訳という仕事はややもすると常時アドレナリンがMAXになり、次々とやるべき予習や課題が頭に浮上しがち。だからこそオフを整えたいと思わされた一冊でした。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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