TRANSLATION

第348回 AIに明け渡してはいけないもの

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

文章を書くとき、AIを使いますか?

この質問の受け止め方自体、業界や職場環境によって温度差があると思います。使うことが大前提になっているところもありますし、出版業界の中でも実用書などの分野では、使うことに抵抗がない方が多いでしょう。

逆に、文芸寄りの分野では、抵抗を覚える方が多いでしょう。文章表現の美しさや書き手の個性を重視する世界なので、当然と言えば当然です。

そんな文芸の分野でも、文学作品の公募でAI使用が認められるようになったり、短歌でも俵万智さんの短歌を学習した「万智さんAI」が開発されたりと、コラボは広がっているようです。

それでも、ノンフィクションライターの最相葉月さんは、星新一賞がAI使用を認めたことをきっかけに、次回以降の審査員を辞退されるそうです。「たとえAI小説がどれほど面白かったとしても、私は人間の内から生まれた言葉こそが尊いと思う。人間の尊厳を守りたい。AIの執筆した文章は、もう読みたくない」と……。

AI使用は単なる利便性の問題ではなく、人間というものをどう捉えるのかという、人間観が関わってくる問題だと思います。

私は原稿を書くとき、誤字脱字のチェックや気になる箇所の確認にAIを使っています。その分には、原稿のブラッシュアップとして役立ちますし、何かが損なわれる感覚はありません。

ただ、文章を整えようとしてそれ以上AIで手を入れてしまうと、文章の呼吸まで消えてしまうんですよね。整形すると同じような顔になる現象にも似て、「整ってはいるけれど個性がなくて印象に残らない」という結果になってしまいます。

美術家の椿昇さんは、AIのようにうまく描けない自分に気づき、自らが「システムのバグ」だと感じたそうです。「その『バグ』こそが人間の存在意義なのではないか」と提唱する新聞記事を目にしました。

これは文章にも通じるように思います。均一にならしてしまえないところや、凸凹しているところに、その人の文章の個性が表れます。

そこをAIで整えてしまうと、個性が消えるばかりか、文章に独特のAI臭がしてしまうことも……。やたらと「そっと」「心がほどける」「静かな余白」といった、わかったようなわからないような、妙にホワイトウォッシュされた言葉が並ぶことになります。

うまく表現できない箇所に別の表現ができないか提案させることもありますが、いい表現が見つかるときもあるものの、むしろどんどん方向性がずれていってしまうことのほうが多いように感じます。

「人によってはこの表現がきつく感じられるかもしれない」というAIの指摘に、気づきを得られることはあります。視点の多様性が確保できるのはありがたいのですが、指摘を受けてソフトな代替案を提案させたら、ぼかし過ぎて何を伝えたいのかわからなくなることも……。

それに、AIを使うと、後から見たときに自分の文章として違和感があるんですよね。身体を通っていない感じで、そこだけ記憶に残らないというか……。かなり昔に書いた文章を見ても、「へえ、こんなこと書いたんだ」と思いながらも、自分が書いた文章だということには納得がいきます。それが、AIだとそうはならないのです。

文章を書くことを安易にAIに任せてしまうと、確実にそこで損なわれてしまうものがあるのだなと感じます。

人間のコミュニケーションや、求められる能力が今後どのように変質していくかはわかりません。それでも、どんな能力を自分は今後も持っていたいのか、AIに明け渡してはいけない能力は何なのか……文章を書くことひとつをとっても、考えながらやっていかなくてはと思います。

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Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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