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母校の同時通訳クラスにお邪魔して思うこと

ぺこたん

通訳・翻訳者リレーブログ

このブログでもたびたび登場する、母校の同時通訳クラス【→→2008/07/30、2013/08/19、2015/02/16 etc.アップ分】。昔は鬼教官、今は優しき大恩師の、現役ベテラン同時通訳者が担当する授業。
そこへいまでも時々お邪魔し、初心に帰ったり刺激を受けたり。学びの時間。充実したひと時を過ごしています。
そのクラス。ここ数年、目に見えて変化していることがあります。それは、受講生に英語圏からの留学生が増えていること。それに見事半反比例するように、日本人受講生が減ってきています。他大学で教鞭をとる友人複数に、この話をしたところ、他でも同様の現象が起こっているとのこと。
それは日本人が、外国や外国語に興味を失い始めているからか、冒険心や挑戦する心を失ってしまったからなのか。無駄な苦労などせずに、楽に単位が取れる授業の方が良い、と言うことなのか。その辺の理由は、定かではありませんが。
それはともかく。
英語圏からの学生が増えている分、クラスに活気が増している気がします。誤解を恐れずに言えば、それは彼らの授業に望む姿勢が、非常に前向きで積極的だから。
このクラスでは、1か月に1-2度ほど、多分野のプロフェッショナルをゲストスピーカーとしてお招きしています。その最後に必ず、質疑応答の時間を設けているのですが、この時の白熱ぶりが、このところ半端ではない。
話は前後しますが、留学生たちに関してまず驚くのが、彼らの日本語能力の高さ。聞くところによると、みんな日本語を学び始めたのは、だいたい大学に入ってから。つまりまだ2-3年しか経っていない。
そうして、”日本のアニメが大好き、日本の文化に興味を持った。だから日本語の勉強を始めた”と言う人が多い。「好きなことから入る」というのは、新しい言葉世界への理想的な入り方。その言葉の習得向上には不可欠。それに加え、留学生のみなさん、おそらく語才にも恵まれているのでしょう。
とにかくその上手さには、毎度舌を巻いてしまいます。
それから先にも触れた、その前向きな姿勢、積極性。これがなければ、幾ら語学を習得したところで、何も始まりません。
日本では、自己主張しちゃいけないし、目立っちゃいけないし、空気を読まなくちゃいけない。あれはやっちゃいけないし、これもやっちゃいけない。だから色々と気を遣って、本当に大変。このような閉鎖的で窮屈な社会では、外国語を習得しようと頑張っても、やはり限界があります。
先述の質疑応答の時間でも、”こんな質問をしたら、みんなの前で恥をかいてしまうかも”などと思っている様子。だからだと思うのですが、その時間には手を上げずに、授業終了後にスピーカーの元へ直接行き、そして直接質問をする学生の列が出来ることも良くあります。
余談ですが。
北米の小学校低学年には、Show and Tell(見せて説明する)という時間があります。文字通り、自分の大切なもの・宝物を家から持ってきて、それがどんなものであり、なぜ好きなのかを伝える授業。自分の思いをまとめ、それをみんなの前で分かり易く説明する力、そうしてそんな他者の思いに耳を傾け、疑問があったらそれを本人にぶつける力を、その中で自然と身につけていきます。
わたしは、当時飼っていたモルモットを学校に連れて行き、その子がどんなに可愛い子なのかを、クラスのみんなに力説したことがあります。あのモルモットも可愛かったが、あの頃のあたしも可愛かったなあ~。
あっ、脱線話。うふふ。
まあでも、日本でこんなことをやったら、”自己主張が激しい”やら、”自慢話だ”などと言われるか、”持ってくるものがない子はどうする?”などと大騒ぎになりそう。あるいは、親までもがしゃしゃり出て、高価なものをと鼻息荒く、家中物色し始まっちゃうか。あっはっは。
とにかく日本人は、周りと比べっこ。と同時に、自分の考えや思いをはっきり伝えることを良しとしない。団体行動をとり、空気を読み周囲との同調を強いる島国では、何かを声高に訴える人、他とは異なる主張をする人は、疎まれる傾向にあります。
“この国はこうだ””あの国民はああだ”と、ひと括りに断言するのは嫌ですし、もちろん、和を重んじるのはとても素敵なこと。
なのですが…
さまざまな視点から物事を見て考えて、その思いを外に発信すること。それもとても大切。そうやって互いの考え方を確認し合い、その違いを認め合い、さまざまな視点を受け入れること。他者を不愉快な思いにせずに、それを行なうことは可能です。
それで、いま思い出しましたが…
“自己主張の強い人を増殖してしまったら、日本としてどうなのよ?”などと、英語の幼児教育に反対する語学専門家が、いつかどこかで訴えていましたっけ。正確な言葉は覚えていませんが。
ああ、やれやれです。
指導者がそんなことを言っている国ですから、外国語教育はまるで進歩しないのだと思います。
ソレハサテオキ。
●外国語を学ぶのは、早ければ早い方が良い。
●幼い頃から母国語と外国語を一緒に学ぶと、混乱してしまう? そんなことを未だに信じている先進国、他にあったら教えてほしいくらい。
●だいたい、混乱するほどの量の外国語を、この国のこの教育機関で浴びることなど、まずあり得ない。
●”必要な者が必要になった時に学べばよい”。そんなことを言う教育者は、自分たちのやるべきことを放棄している。そうとしか思えない。
●大人になってから習得した人。それは元々語学の才能を持って生まれた人、あるいは大人になってからそういう環境に恵まれた、ひと握りの幸運な人。
●その他大勢は、大人になってから長い時間を割き、大金を使い、大変苦労しているのが実情。
●”外国語は英語だけではない”。はい、確かに。でも世界共通語=英語。まずは英語です。少なくとも、現在は。だから…Face it!
●外国語教育に最も必要なのは、それを教える側のプロフェッショナル。その育成。それに尽きます。
●外国語の習得は、その言葉の習得だけにあらず。その言葉の背景にある世界・文化・人々などに触れること。世界が広がること。
●この狭い島国(…に住む人々)のことしか知らない、興味ないの

は悲しいこと。とてもとても危険なこと。

……で、なんの話でしたっけ??
とにかく…
留学生&数少ない日本人学生が、授業中に意見を戦わせている姿、英語圏の学生が、日本語を器用に繰るその姿は、見ていて非常に頼もしい。理想のかたち。
その今期の留学生たち。先日帰国し、今頃は久しぶりにご家族や友人らと、母国の夏休みを楽しんでいることでしょう。
と言うわけで、このわたしも。本日からしばしカメラバッグ背負い、涼しい信州の森の中へ雲隠れ。マウンテンバイク漕ぎ、爽やかな風を浴び、山鳥たちの囀りに耳傾け、森の中の熊さんに出会う旅です。うしししし。
仕事関係の皆さま、どうか探さないでください〜(^。^)
皆さまも、良い夏休みを!
乱文にて。
月曜早朝。

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記事を書いた人

ぺこたん

高校までをカナダと南米で過ごす。現在は、言葉を使いながら音楽や芸術家の魅力を世に広める作業に従事。好物:旅、瞑想、東野圭吾、Jデップ、メインクーン、チェリー・パイ+バニラ・アイス。

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