TRANSLATION

第323回 自分が選んだ原書に自信をなくした時は?

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

連休中に『翻訳に生きて死んで―日本文学翻訳家の波乱万丈ライフ』を読んでいました。著者のクォン・ナミさんは、村上春樹や角田光代、三浦しをんなど人気作家の作品の韓国語訳を多数手がける翻訳家です。英語と韓国語と言語は違っても、翻訳という営みに共通するものは多く、軽く読める本でありながら学びも多い一冊でした。

編集者さんとの関係や名刺のこと、出版社が報酬を支払ってくれない場合の交渉術(!)といった生々しいトピックまで盛り込まれていますので、この連載の読者の方には興味深い内容なのではないでしょうか。

クォン・ナミさんは駆け出しの頃、自分で企画書をつくって出版社に送ることを思い立ちます。そこで韓国で売れている本をリサーチし、日本に原書を買い付けに行くのです。たくさん買って帰国すると、次々に読破して企画書を作成します。ところが、出版社に送ってみるものの、なかなかうまくいきません。

“十数冊買ってきた本の中からたった1冊しか作れなかったが、こんなふうに翻訳出版の企画を始めた。経験のある人はご存じだろう。本を1冊出すのは簡単ではないということを。これを機に、毎年東京に行って本をたくさん買ってくるようになったが、元が取れる本はいつも1、2冊しかなかった。本を選ぶ見識が浅かったこともあるが、今思えば、1社に断られると「あんまりいい本じゃないのかも」と意気消沈してしまい、他の会社に提案するのを躊躇したせいというのが大きかった。出版社によってカラーが違うのに、その点を考慮できていなかった。”

この箇所を読んで驚いたのは、海外に原書を買い付けに行くほど精力的に動ける方でさえ、1社に断られただけで意気消沈してしまい、自分が選んだ本に自信を失ってしまうということです。

中には、実際に本のクオリティがいまいちという場合もあるでしょう。だけど大半は「その出版社の求めるものとは違っていた」というマッチングの問題なのではないでしょうか。

第29回の編集者さんインタビュー~西村安曇さん(西村書店)前編にもありましたが、すでに原書が出版されているということは、誰かがいいと思って、その価値を認めているという証です。認められたからこそ、出版されているわけですよね。だから同じように価値を認めてくれる出版社を探せばいいのです。もちろん、そう簡単に見つかるわけではなく、何社も当たらなければいけないケースもあります。でも、もしクォン・ナミさんが当時同じ本を別の出版社に提案していたら、出版できていた可能性もあるのです。

ご自身が反省されているように、出版社によるカラーの違いを把握しておくことは大切です。見当違いのところに持ち込んでも、当然断られてしまいます。とはいえ、どんな違いがあるのか、最初はわかりにくいものです。自分が読んだ本の出版社がどこなのか、意識したことがない方も多いでしょう。

まずは、自分が読んで気に入った本があったら、どこの出版社から出ているのかチェックすることから始めてみましょう。同じ出版社から、他にどんな作品が刊行されているでしょうか? ざっとチェックしてみるだけでも、「こういうテイストの作品に力を入れているんだな」と傾向がつかめてくるものです。

また、その本の著者や翻訳家の他の作品も調べてみましょう。違う出版社からの刊行作品があれば、同様にその出版社のことを見ていくのです。裏技(?)としておすすめなのは、カバーデザインを手がけた装幀家をチェックすることです。特にジャケ買いで気に入った本の場合は、自分の感性に合った他の作品を見つけやすいので、その装幀家が他に手がけた作品を見てみましょう。

カバーデザインにイラストが使われているなら、そのイラストレーターのことを調べてみるのもいいでしょう。書籍に作品が多く使われているイラストレーターなら、同様に自分の感性に合った作品を見つけやすいでしょう。どんな出版社から作品が刊行されているのかを見て、その出版社のことを調べていきましょう。

地道な作業ですが、少しずつ確実に知識は増えていきます。そうすると、自分の選んだ原書のカラーに合った出版社がわかるようになってきますよ。

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。

※出版翻訳に関する個別のご相談はコンサルティングで対応しています。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

END