第285回 怖いもの知らずな人に出会ったときに思い出す詩
怖いもの知らず。
怖いもの知らずな人は、怖いものを一切知らないというよりは、むしろ恐れを感じた上で、前に進んでいる人に思えます。
たじろいだり尻込みしたりしながらも、自分を信じて進む。そんな人に出会ったときに思い出す詩があります。
5月の萌えいづる若葉を思い浮かべて読んでみてください。
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May Night
Sara Teasdale
The spring is fresh and fearless
And every leaf is new,
The world is brimmed with moonlight,
The lilac brimmed with dew.
Here in the moving shadows
I catch my breath and sing–
My heart is fresh and fearless
And over-brimmed with spring.
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五月の夜
サラ・ティーズデイル
瑞々しく怖いもの知らずなのが春
葉っぱという葉っぱが真新しく
月明かりに世界は満たされる
ライラックは露に満たされる
流れる影に身を寄せて
わたしは息をつき歌う
この心も瑞々しく怖いもの知らず
春があふれている
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繰り返される fresh and fearless「瑞々しく怖いもの知らず」というのが心に響きますよね。
The spring is fresh and fearless
And every leaf is new,
The world is brimmed with moonlight,
The lilac brimmed with dew.
瑞々しく怖いもの知らずなのが春
葉っぱという葉っぱが真新しく
月明かりに世界は満たされる
ライラックは露に満たされる
ぴちぴちの若葉が萌え出でて、あたりが緑一色に包まれる5月。光と潤いに満たされて、すべてが活力にあふれています。
怖いもの知らずな人は、あふれる好奇心と冒険心を力に、見たことがないものを見てみようと、行ったことがないところへ行ってみようと、経験したことがないことを経験してみようと、自分の世界を飛び出します。
まるで太古の島人が丸木舟かいかだで海に漕ぎ出したかのように、何があるか分からなくても、新しい一歩を踏み出してみる。その先にあるものを見てみたいという思いが、恐怖を凌駕するんですよね。
Here in the moving shadows
I catch my breath and sing–
My heart is fresh and fearless
And over-brimmed with spring.
流れる影に身を寄せて
わたしは息をつき歌う
この心も瑞々しく怖いもの知らず
春があふれている
「怖いもの知らず」と言うと、無鉄砲や向こう見ずといった冒険心的な側面のみが強調される傾向があるかもしれません。しかし、怖いもの知らずな人だって、怖気づいていないわけではありません。
やったことがないことをやるのは怖いし、正しいと思うことを貫き通すのも怖いし、間違えるのも怖い。
キラキラの陰には、やっぱりそういった暗い側面もあって、だから、木陰や雲の影に身を寄せて、一息つきたいときもあるのです。そうした安心感を得られる場所があって、心に溢れる思いがあるから、少々の困難があってもがんばることができるのです。
そんな人を何に喩えたらいいかと考えると、やっぱり、新緑の5月なんですよね。
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今回の訳のポイント
この詩の最大のポイントは、Spring 「春」です。
The spring is fresh and fearless
And every leaf is new,
瑞々しく怖いもの知らずなのが春
葉っぱという葉っぱが真新しく
一行目では、The spring is fresh and fearless「瑞々しく怖いもの知らずなのが春」というように、The が付いています。The は「~というものは」というように、他と区別して定義する役割があります。
My heart is fresh and fearless
And over-brimmed with spring.
この心も瑞々しく怖いもの知らず
春があふれている
一方、最終行では、And over-brimmed with spring「春があふれている」となっていて、形なき抽象的なものを表すために、The は付いていません。
そんなわけで、一行目は、春というものはどういうものかという他との区別を、最終行は形なき春というものを表していることになります。
では、それを日本語に訳すにはどうしたら良いのでしょうか。
便利なのは、日本語の「が」です。「が」には、「…ではなくて~が」というように他と区別する機能があります。
英語の語順通りに訳せば「春というものは~だ」となりますが、~ is … を「~は…だ」と訳すのは This is a pen. 「これはペンです」的で安直な気もします。
ここでは、「が」の力を借りて「~のが春だ」とすると、夏でも秋でも冬でもなく春!というように、 The の雰囲気を伝えてみようと思います!