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第321回 群れる? 群れない?

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

友人と「推し活」について話していた時のことです。推し活というと、グループで集まって一緒にイベントに行ったり、お茶をしたり、というイメージがありますよね。だけど友人も私も、やっているのは、いわば「ソロ推し活」。出かけるのもひとりですし、推しについて誰かと語り合うこともありません。

「人は、深く感動することはひとりで味わいたいものだ」という話を聞いたことがありますが、まさにその通りだと思います。私の場合は「推し」がピアニストなので、演奏をひとりでゆっくり聴きたいですし、終わってからもその感動を留めたまま静かに家路につきたいのです。もしその場で「よかったよねー!」「あの運指はすごかった」などとすぐに言語化してしまうと、自分の中に溜まるはずのものが溜まらずに消えていってしまう気がします。推し以外のコンサートなら人と一緒に行って、終わってからのお茶のひとときも楽しむのですが、推しに関してはそれができないのです。

そんなソロ推し活のデメリットとして友人が挙げていたのは、「情報が入ってこないこと」。推し活メンバーが数人いれば、「こういうイベントがあるらしい」という情報が入ってくるのが早いだけでなく、公式発表されないような情報も入ってくるので、直接交流ができる可能性も高くなるでしょう。

また、メンバーとの交流によって解釈を深めることができないデメリットもあります。私には音楽の素養がないので、演奏を聴いても、それが素晴らしかったということしか言えません。詳しい方であれば、演奏された曲について、作曲家の人生のどの時期に作曲されたのか、どんな時代背景や個人的な背景があるのか、どんな解釈での演奏だったのか、過去に演奏した時と比較してどこがどう深化したのか……という具合に、深く味わうことができると思うのです。

そういうことを考えた時、推し活メンバーが欲しいような気になることもありますが、それでもソロ推し活を選ぶのは、諸々のデメリットを上回るメリットがあるからでしょう。それはやはり、人間関係に煩わされないことだと思うのです。仲間内でのお付き合いが重荷になってくると、推し活自体が楽しめなくなってしまいますからね。群れないスタイルのほうが、私には向いているようです。

推し活を例に挙げましたが、どういうスタイルが自分に合っているかを見極めることが大切なのは、翻訳の勉強や仕事を続けていくうえでも言えることだと思います。

たとえば私は、翻訳家関連の団体や勉強会などに所属していませんし、参加する機会もありません。これは、私には「翻訳家」という自己認識が(こんな連載をしておきながらなんですが)あまりないことも理由のひとつです。

取材などで肩書を出す時に、便宜上「翻訳家」とすることはあります。ただ、私の場合は「こういうテーマに関心があって、それを世の中に問いたくて、その手段として翻訳をする」という側面が強いので、一般的にイメージする翻訳家とは違っているのでしょう。

群れないスタイルだと、翻訳家同士の交流はないですし、入ってくる情報も少ないと思います。だけどそれで困っているかといえば、特にそういうこともないのです。

求める結果にたどり着くための方法は人それぞれで、私の場合は自分の嗅覚を頼りにひとりで掘っていって、その先に必要な情報や出逢いがあって成功することが多く、それが性に合っているようです。もし多くの団体や勉強会に所属して、多くの人と出逢って多くの情報をもらって……というやり方で進めていたら、そのプロセスで疲れてしまっていたでしょう。

逆に、多くの人や情報からチャンスをつかむタイプの方もいるでしょう。そういう方の場合は、関連しそうな団体や勉強会を探して、積極的に参加していくことで結果につながると思います。

群れるほうが向いているのか、それとも群れないほうが向いているのか。思った通りに物事が進まない時は、自分に向いているスタイルをあらためて考えてみることに時間を使ってみましょう。そこがわかると、人と比べて焦ることもなくなりますよ。

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Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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