TRANSLATION

第351回 字面への気配りは、読者へのおもてなし

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

先日、図書館の開館記念行事で基調講演に登壇する機会がありました。参加してくださるのは広く一般の方々とのことでしたので、本の選び方や読み方についてお話しさせていただきました。

その際、印象的だったことがあります。それは、「字面選書術」について話していたときのことです。字面とは、文字の見た目や、そこから受ける印象のことです。感覚的なものですが、本を読む時に、パッと開いたページの漢字やひらがなのバランス、文字の雰囲気で感じ取れるものがあるかと思います。

これを説明するのに、次のような例文を使いました。

「色々と難しいね」と僕は言った。
「いろいろと難しいね」とぼくはいった。

同じ内容でも、漢字で表記するか、ひらがなにするかで、かなり印象が変わりますよね。

どんな字面にするかは好みもありますが、想定読者や本の内容によっても変わります。中世のヨーロッパを舞台にした重厚なミステリ小説がひらがなばかりでは違和感がありますし、子ども向けのやさしい読み物が漢字だらけでは拒絶反応を示されてしまうでしょう。

翻訳する側は、そこまで考えて言葉の一つひとつを選んで届けているんですよね……という話をしていたら、参加者の方々が「知らなかった!」という表情をされているのです。「そんなこと、考えたこともなかった!」というように見受けられました。そして、そこにうれしそうな様子も感じられたのです。

自分は気づかなかったけれど、誰かが自分のために心を配ってくれていたとわかると、うれしいものです。翻訳家のおもてなしに、初めて気づいていただけたのかもしれません。

字面への配慮は、漢字やひらがなの表記の使い分けにとどまりません。かぎ括弧や括弧をどこまで入れるか、文章のどの位置で改行を入れるか、どの程度余白のスペースを残すか……考えるべきことは多々あります。

余白に関して言えば、私は地方紙で連載をさせていただいていますが、新聞のレイアウトは毎回変わります。雑誌などは何字×何行という具合に決まっていますが、新聞の場合、他の記事との関係でその都度調整が入るのです。

提出する際は、1行あたり12字と指定されていますが、実際にレイアウトを組むと、13字の時もあれば15字の時もあります。そうすると、ある行は「す。」だけで終わってしまっていることも……。この文章を例にすれば、以下のような具合です。

13字の時もあれば15字の時もありま
す。

「す。」だけだと美しくないので、以下のようにして修正をしていきます。

13字の時も、15字の時もあります。
(←文字数を減らして1行に収めています。)

13字の時もあれば15字の時もあるの
です。
(←文字数を増やして2行目が「す。」ではなく「です。」となるようにしています。)

ただ、紙面にあまり余白がなくて字面が黒々としてしまう場合には、「す。」だけで終わっていても、余白を残すために、あえてそのままにしておくこともあります。

読者は、読んでいてそんな工夫にまったく気づかないかもしれません。それでも、丁寧に整えて届けることで、心地良さを感じてもらえるのではないでしょうか。字面を整えることは、読者へのささやかなおもてなしなのだと思います。

※講談社「現代ビジネス」オンラインに拙訳『認知症と性とウェルビーイング』の記事が3本掲載されています。

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Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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