INTERPRETATION

第706回 通訳 昭和ものがたり~通訳スクール編

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

コロナ禍を機にすっかり広まったオンライン会議。導入当初は私自身、使い方がよく分からず半ばパニックになっていました。ZOOMの機能があまりにも多くて、ついつい「すべてを熟知しなければ」と焦ってしまったのです。おそらく通訳という仕事を長年続けてきたがゆえに、「目の前の活字情報」はくまなく目を通さねばという感覚に陥ったからかもしれません。でも、いざ使い始めてみればスマホやPC同様、「使う機能さえおさえておけばOK」という世界なのですよね。そんなこんなでコロナ以降、オンライン会議やレッスンはあっという間に広がり、今や私たちの暮らしに欠かせないツールとなりました。

では昭和の頃は?ハイ、オンラインレッスンなど想像すらできない時代でした。せいぜい「固定電話での個人レッスン」が関の山というところ。昭和時代の通訳スクールを振り返ってみましょう。

1 教材はすべて「カセットテープ」
昭和時代におけるスクールの教材はすべてカセットテープでした。受講生の私たちは学校に「未録音テープ」を持参し、授業中は講師がコンソールで集中録音操作をしてくださいました。教材音声や私たちのパフォーマンスがすべて録音されたものを自宅に持ち帰り、復習をするというスタイルだったのです。授業が2時間であればちょうど120分テープが長さ的にピッタリ収まるのですが、この120分テープの弱点は「すぐに絡まってしまうこと」。何度も何度も早送り・巻き戻しをすると我が家のカセットレコーダーに絡まり、収拾がつかなくなりました。ちなみに当時のカセットはデジタルのように頭出しや「10秒ごとの巻き戻し」などできません。聞き直す際は勘でスイッチを押し、「ガチャッ、キュルキュルキュル」と音をたてながら巻き戻していました。

2 現役トップ通訳者が講師
私が通っていた頃のコースは週2回。毎週火曜・木曜の19時から21時までが授業でした。講師は現役トップ通訳者の先生方。日英・英日と担当の先生が曜日別に固定されていました。あの頃はまさに「現場の修羅場をくぐり抜けてこられた第一人者」が講師。通訳の世界は国家試験も存在せず、完全に実力の世界です。先生方はいわば「未来の自分のライバル」を養成するために教壇に立っておられたのです。通訳業界で生きていけるよう、妥協を許さないというオーラを私は感じました。

3 「巨人の星」を彷彿させるスパルタ指導
今でこそ「ほめて伸ばす」形式の授業が主流ですが、あの頃はマンガ「巨人の星」的な価値観がまだ残っていました。私が聞いた話では「教壇からチョークが飛んできた」という逸話を持つ講師もいたそうです。今日であれば大問題でしょうけれども、あの当時はそうした厳しさを乗り越えてこそ一人前という考えがありました。小心者の私など、授業中に指名されれば心臓がバクバク。高額授業料を払っているのに「あたりませんように」と小さくなっていました。

4 とにかく課題が多かった
現在の通訳スクールも課題として単語・構文暗記や予習復習などそれなりの分量があります。でも私が通っていた当時は何しろ週2日の授業。仕事を終えて大急ぎで教室へ駆け込み、空腹を押さえながら2時間みっちり授業を受けていました。しかも課題が半端ない分量!当時使ったのは小学館発行「ジャンル別日米表現辞典」および朝日出版社の「日米口語辞典」。いずれも分厚い辞書で、これを半期でとことん暗記させられました。寝ても覚めても暗記・・・そんな毎日でした。

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当時は同じ教室で講師と受講生が同じ空気を吸い、同じ緊張感を味わうという時代でした。受講仲間はライバルでもあり、最大の理解者でもあり、励まし合う戦友でもあったのです。厳しい授業ではありましたが、あの時代に学べてよかったと今の私は感じています。

次回は「現場マナー編」と題してお送りします。

(2026年10月13日)

【今週の一冊】

「ラオス料理を知る、つくる」岡田尚也・小松聖児著、グラフィック社、2024年

随分前に内閣府「東南アジア青年の船」に参加して以来、アジアに関心を抱いています。青年の船はASEAN加盟国を客船「にっぽん丸」で回り、ホームステイや青年交流活動をするという内容。当時はまだベトナムやラオスがASEAN加盟国では無かったのですが、その後ASEANは拡大し、現在は11カ国となっています。

ラオス料理はタイや中国料理と似ている部分がある一方、大きな違いは生肉を使うこと。著者のお二人はいずれもラオス料理に魅了され、日本でレストランを経営していますが、生肉の提供は日本の場合、衛生や流通ルートの都合上、難しいそうです。

本書をめくるとラオスの工芸品である竹細工やタペストリーも出てきます。たくさんの民族を擁するラオスゆえ、文化も多様性に富んでいることがわかります。写真付きレシピはどれもおいしそう。日本にある食材で工夫して私も作ってみたいです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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