INTERPRETATION

第174回 守るべき「ことば」

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

ことばを仕事としているためか、話し言葉や書き言葉に関心があります。特に最近注目しているのは新聞のテレビラジオ面。よく読んでみると「!」「?」「!!」「!?」といった記号が並びます。さらに「激動」「号泣」「大感動」など、平常のことばよりもかなりインパクトの強い単語が目立ちますよね。

でもいざそうした番組を見てみると、「え?あ、この程度だったのね」と思うことが少なくありません。「歌手・○○が号泣」とテロップに出ているのに、本人の涙はポロリ程度ということも見受けられます。視聴者を魅了してまずは番組を見てもらう。そのための「誘導手段」なのかもしれません。

ちなみに英語ニュースの書き方は日本のと異なります。最初に結論ありきですが、具体的な人物名や企業名は次またはその次のセンテンスで明らかにするのです。これもある意味で読者を引っ張るのですね。

ニュースで用いられる日本語も昔と比べるとかなり変化したように思います。たとえば台風のニュースでは「九州に大雨をもたらした台風21号。」という具合に、いったん「丸」のところで切ります。私が子どもの頃は確か「九州に大雨をもたらした台風21号は・・・」と続けていたように記憶します。

他にもあります。「~とか、~とか」が目立つことです。これも昔は「~や」でした。また、テロップを見ると「~するも」という表現が増えています。こちらは「~するが」の方が私にはなじみがあります。

もう一つ気になるのが「頭でっかちの文章」です。たとえば著名な方が亡くなったというニュースを見てみましょう。「女優の○○△△さんが亡くなりました。89歳でした。○○さんは映画『△△』で数々の賞を受賞し・・・」とすれば分かりやすくなります。しかし最近は「映画『△△』で数々の賞を受賞し、少女から年配の役まで幅広く演じ、国際的にも活躍した女優の○○△△さんが亡くなりました」という具合です。こうした文章が出てくると私などつい「早押しクイズ!?」と思ってしまいます。

色々と例を挙げましたが、いずれにしても分かるのが、「ことばは変化するもの」という点です。昔のことば遣い「だけ」が正しいとは言い切れません。その時代その時代の状況に応じて、語彙や言い回しというのは変化するものなのです。ただ、守るべき部分は守らねばなりません。それは「誰にとっても共通理解ができることばであること」という点です。

ことばというのは私たち人間に与えられた恩恵だと私は思っています。母語を持つ以上、母語同士でお互いが分かりあえることが私たちには不可欠です。自分にとってなじみのある日本語を聞いているのに、「何だかよくわからない」「相手と同じ認識を抱けない」となってしまえば、社会は成り立たなくなってしまうのです。

自分たちにとってあまりにも当たり前の「ことば」ですが、与えられた恩恵に感謝しつつ、どうすれば守るべき部分を守り続けるか、そしてそれを次世代に引き継いでもらえるか。

私自身、考え続けたいと思っています。

(2014年8月4日)

【今週の一冊】

「クロネコヤマト『感動する企業』の秘密」石島洋一著、PHPビジネス新書、2013年

元気で誠意あふれる仕事をしている人を見ると誰でも応援したくなるはず。私も日常生活の中で、そのような仕事ぶりを見ると、自分も頑張ろうと改めて思う。世の中というのは、お互いが元気を与え合えればどんどん良くなるのではないかと感じている。

今回ご紹介するのはヤマト運輸に関する本。先日、ある経済誌で今の日本の物流業界が大きな転機を迎えているという特集を読んだ。大手通販会社が送料無料を次々と打ち出したため、物流量が前代未聞になっているといった話題が紹介されていた。

消費者にとって送料無料は本当にありがたい。しかも確実に迅速に届けられるのだから、これほど恵まれていることはないと言えるだろう。以前海外で暮らしていた時は、配達に限らず、家の修繕工事など、「約束の時間に来ない」ということが日常茶飯事であった。ゆえに「きちんと物事が機能している」ということ自体が私にとっては今もオドロキである。

本書には東日本大震災のとき、ヤマトがどのように支援活動を被災地で行ったかという話題を始め、創業から現在にいたるまでの会社の歴史が綴られている。試行錯誤をしつつも常に根底にあるのは「お客様のために」という哲学。だからこそ、利用者にとってありがたいサービスが次々と生み出され、気持ちの良いサービスがなされているのだと本書を通じて改めて知ることができた。

通訳や指導の仕事をしていると「全部訳せたからOK」「教案通りに教えられたから良し」という思いに陥りやすい。そうではなく、サービスを受ける側がどう感じるかを常に意識することがどの職業でも大事なのだ。仕事や働き方そのものについて、原点に立ち返ることができる一冊だと思う。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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