第282回 お肌の曲がり角を実感したときに思い出す詩
お肌の曲がり角。
シミやシワ、たるみが気になりはじめるとき。
日焼けするままにしていた自分の顔を、鏡でまじまじと見つめため息をついていたら、氷の詩を思い出しました。
暑い日が続く夏。涼しくなろうと思って、冬の詩を探していて見つけた氷の詩なのですが、お肌の曲がり角と氷に何の関係があるのか。
真冬の凍りついた湖。氷の下深くをのぞき込むつもりで、この詩を読んでみてください。
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Middle Age
Amy Lowell
Like black ice
Scrolled over with unintelligible patterns
by an ignorant skater
Is the dulled surface of my heart.
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中年
エイミー・ロウエル
深い黒にも見える氷
刻まれた意味不明の模様
お構いなしに滑っていったスケーター
心だってすべすべじゃない
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お肌も心も、若いころは皺もなく、すべすべ。けれども、歳を重ねると、ざらざらになる。
つるつるの氷も、スケートの跡がつくと、ざらざらになる。
どうですか?この共通点をもとにして、詩を読み解いてみたいと思います。
Like black ice
深い黒にも見える氷
黒と言っても、氷そのものが黒いわけでもなく、どす黒く汚れているわけでもありません。
深い湖に張った氷の下に広がる水が、その深さゆえに暗く黒く見えるということですね。
Scrolled over with unintelligible patterns
by an ignorant skater
刻まれた意味不明の模様
お構いなしに滑っていったスケーター
氷の上に無数に刻まれたスケートの跡は、言ってみれば、顔に刻まれたシワ。顔のシワは、生きてきた証であり、人生の苦労の勲章。
シワも苦労も、好むと好まざるとにかかわらず、勝手に重なっていくもの。人生の困難は、こちらの都合はお構いなしに降りかかってきます。
同じように、スケーターも、「せっかく氷がつるつるなのに、傷がついちゃう!」なんて考えて、恐る恐る滑るなんてことしませんよね。お構いなしに滑っていくわけです。
Is the dulled surface of my heart.
心だってすべすべじゃない
ここの dulled というのは、鋭かったものが鈍くなる、てかてかだったものが曇る、すべすべだったものがざらざらになる、という感覚です。
氷もお肌も心も、最初はすべすべだったとしても、お構いなしのスケーターや人生の苦労によって、ざらざらになっていきます。お肌は瑞々しさを失い、心も純真無垢とは言えない。
でも、それは決して悪いことではありません。すべすべじゃないということは、つまり、それだけの人生経験を重ねてきたという証なのです。
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今回の訳のポイント
Middle Age 「中年」というタイトルの通り、すべすべだった氷と心がざらざらになってしまったという詩。
英語から日本語に訳す上でありがちな、辞書的訳語で直訳してしまったがために意味不明になるという大惨事を誘発しそうな、ものすごく気になる単語があるんです。
Scrolled over with unintelligible patterns
by an ignorant skater
刻まれた意味不明の模様
お構いなしに滑っていったスケーター
この ignorant という単語がくせ者です。
代表的な訳語は「無知」ですが、「無知」と直訳すると、「無知なスケーターによって意味不明の模様が刻まれている」となってしまいます。
そうではなくて、「知識がないから知らない」というよりも「意識的に注意を向けないから気づかない」というニュアンスが近いです。そうすると、お肌や心(=氷)をざらざらにしてしまうような人生の出来事(=スケーター)は、「こちらの事情などお構いなしに」降りかかってくるのだと理解できます。
敢えて直訳の「無知」と訳すと、世界遺産か何かに登録されている、無傷でつるつるの湖の貴重な氷が、そうとは知らなかった無知なスケーターが滑ったことによって傷ついてしまったというような意味になってしまいますよね。それはそれで世界の仰天ニュース的な響きで面白いのですが。