第281回 心が折れたときに思い出す詩
「心が折れる」と言うと、『オズの魔法使い』の中の有名な一節を思い出します。
Hearts will never be practical until they can be made unbreakable.
心は、絶対に壊れないように作られない限り、役に立たない。
実際、がんばってもうまくいかなかったり、自分にはコントロールできないことに振り回されたりして、心が折れてしまう瞬間が人生の中にはあります。
そんなときに、「砂漠を歩いていた」で始まる、砂漠の詩を思い出します。心と砂漠にどんな関係があるのか、まずはこの詩を読んでみてください。
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I walked in a desert
Stephen Crane
I walked in a desert.
And I cried,
“Ah, God, take me from this place!”
A voice said, “It is no desert.”
I cried, “Well, But —
The sand, the heat, the vacant horizon.”
A voice said, “It is no desert.”
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砂漠を歩いていた
スティーブン・クレイン
砂漠を歩いていた
思わず叫んだ
「神様!もう無理です!」
すると声が聞こえてきた「ここは砂漠などではないぞ」
また叫んだ「いや、でも
砂に、暑さに、何も無い大地ですよ」
声は答えた「ここは砂漠などではないぞ」
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どこまでも砂しかない荒涼とした砂漠を歩いていて、絶望の余り、「もう無理です!」と叫んだのに、返事は「ここは砂漠などではないぞ」の一点張り。
ぱっと読んだだけでは、なかなかひどい展開に感じます。しかし、どこまでも続く苛酷な「砂漠」を、終わりのない苦しみにぽっきり折れてしまった「心」と考えると、どうでしょう。
I walked in a desert.
And I cried,
“Ah, God, take me from this place!”
砂漠を歩いていた
思わず叫んだ
「神様!もう無理です!」
「砂漠」というのは、荒涼とした大地。太陽はギラギラと照りつけ、砂嵐が吹き荒れる。人生で言い換えれば、逆境や逆風にさらされて、完全に荒んでしまった心。
うまくいかないことの数々に、がんばっても意味あるのかな、と思ってしまったり、がんばって歩くほどに意味も見いだせなくなって、ただただ虚しさを覚えるようなとき。
そんなとき願うのは、その状況からとにかく抜け出すこと。
A voice said, “It is no desert.”
I cried, “Well, But —
The sand, the heat, the vacant horizon.”
すると声が聞こえてきた「ここは砂漠などではないぞ」
また叫んだ「いや、でも
砂に、暑さに、何も無い大地ですよ」
すると、どこからともなく声が聞こえてきて、「ここは砂漠などではないぞ」と言われる。けれども、見渡す限りの苛酷な砂漠なので、「いや、でも、砂に、暑さに、何も無い大地ですよ」と訴えます。
でもやっぱり聞こえるのは、「ここは砂漠などではないぞ」という言葉。
A voice said, “It is no desert.”
声は答えた「ここは砂漠などではないぞ」
この言葉、ちょっとぶっきらぼうな気もしますよね。必死の訴えに対して、「ここは砂漠などではないぞ」が繰り返されるだけ。
しかし、よくよく英語を見て見ると、真の意味に気づきます。ここの英語は、”It is no desert.” であり、”It is not a desert.” ではありません。
NoとNotの違い、これがポイントです。
Not というのは、シンプルに単語を否定します。”It is not a desert.” とすると、「砂漠とは異なる」「砂漠以外の何か」というニュアンスになります。一方、No は逆のことを言うので、例えば、”It’s no good.” と言えば、「良くない」という単純な否定でなく、”It’s bad.” という逆の意味に、つまり「悪い」ということになります。
ということは、”It is no desert.” というのは、単に「ここは砂漠ではありません。別物です」と言いたいのではなくて、逆の意味の「ここは何もない砂漠などではないぞ。むしろ豊饒な実りある大地だぞ」に近くなります。
オフィスで、台所で、病院で、ふと「神様!もう無理です!」と叫びたくなる瞬間が人生にはあります。しかし、砂漠のように苦しみに終わりがないと思える環境であっても何らかの意味はある、カッコよく言うとすれば、希望は見いだせるのだと。
確かに、逆境にあって家族の絆が強くなったり、苦しい日々が糧となって逆境を乗り越える術が身についたり、そういうことを通じて、砂嵐にまみれたどん底の日々から立ち上がることもできるのだなと。
そう考えると、ぶっきらぼうに思えた「ここは砂漠などではないぞ」と繰り返される言葉が、すごく力強い励ましの言葉に思えてきます。
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今回の訳のポイント
砂漠という比喩を使って、一見何もないように思える環境にも意味があると伝えるこの詩。
No という単語が鍵でしたが、日本語に訳すうえで、もうひとつポイントがあります。
“Ah, God, take me from this place!”
「神様!もう無理です!」
“Ah, God, take me from this place!” を直訳すると「あぁ、神様、ここから連れ出してください」と言えます。
砂漠という苛酷な空間から抜け出したいという状況をイメージしてみてください。どこまでも砂しかなく永遠に同じに思える景色、身体中の水分を奪うような太陽、前が見えなくなるほどに吹き荒れる砂嵐のように、次々と自分に襲いかかる困難に悩まされる日々だとしたら、もっと短い必死のひと言を叫ぶのではないかと思うんです。
「神様、ここから連れ出してください」は、つまり、「ここにはもういられない」というわけで、それは「もう無理です!」というギブアップ宣言と言えるのではないかと。
それでも、絶望で終わらないのがこの世界の良いところで、「ここは砂漠などではないぞ」と気の利いたひと言で励ましてくれる存在がいる。それだけで、もう一度がんばろうと思えるんですよね。