第287回 古い写真を見ているときに思い出す詩
古い写真を見ていて笑ってしまうことありませんか。ほんの数年前の自分なのにダサすぎるとか、友だちとくだらないことしているとか、子どもの決定的瞬間とか。
え、眉毛、細っ!
これ、絶対、人に見せられない!
何、この顔!
そうやって思い出を振り返ることが誰しもあるわけですが、そんなときに思い出す詩があります。
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I Know Not How But As I Count
Robert Louis Stevenson
I KNOW not how, but as I count
The beads of former years,
Old laughter catches in my throat
With the very feel of tears.
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なぜだろう ひとつひとつ数えてみる
ロバート・ルイス・スティーブンソン
なぜだろう ひとつひとつ数えてみる
ビーズを手繰るように 去年 一昨年 その前の年って
あのときの笑いがこみあげるのに笑えない
涙までもがこみあげてくるから
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古い写真を見ていると、いろんな感情が同時に押し寄せてくるものですよね。笑顔と涙が同時にこみあげるのは、なぜなんでしょう。
I KNOW not how, but as I count
The beads of former years,
なぜだろう ひとつひとつ数えてみる
ビーズを手繰るように 去年 一昨年 その前の年って
過去は、かたちのない抽象的な思い出ではなくて、ネックレスのビーズをひとつひとつ数えるように、確かな手触りのある存在であるというのが、いきなりグッときます。
「過去」を表す英単語としては、past が一般的で過去を全体的に指しますが、ここでは former と言っていて、もう少し具体的に、ひとつ前、ふたつ前というように辿れるという意味合いがあります。
だからこそ、ビーズを手繰るようにして、ひとつひとつ過去を振り返れるのです。
もう会えない人、もう戻れない瞬間。
今、会えないとしても、自分の人生に存在したことは確かだし、ありありと思い浮かべることができる瞬間の積み重ねがあったからこそ、今こうして振り返ることができる。
そんなことを考えているだけで、早くもウルウルしてしまうのですが、続きも読んでみましょう。
Old laughter catches in my throat
With the very feel of tears.
あのときの笑いがこみあげるのに笑えない
涙までもがこみあげてくるから
あの日あの時と同じように笑えそうなのに、グッとこみあげるものがあって笑えない。
これは、甘酸っぱすぎますね。
「こんなことあったなあ」と思うということは、つまり「今はもう違うんだ」と気づくこと。
なにが一番つらいかって、あの時には当たり前のことすぎて、それがあとで思い出しながら涙するような貴重な瞬間になるなんて思っていなかったということなんですよね。
そんな事実に苦笑いしながら、やっぱり涙してしまうという、笑顔と涙の終わりなき永遠ループ!
それが怖くて、思い出に浸ることを避けてしまいそうになるのですが、思い切り笑って泣くほうが、思い出が鮮やかになると思うんです。
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今回の訳のポイント
思い出を辿りながら、笑いと涙が同時にこみあげるという、最高にビタースイートなこの詩。
シンプルだけれども、訳す上で無視できない単語があるんです。
Old laughter catches in my throat
With the very feel of tears.
あのときの笑いがこみあげるのに笑えない
涙までもがこみあげてくるから
Old という単語を見て、「古い」と反射神経的に訳すのはもったいないですよね。
だって、「古い笑い」という日本語を見たら、「時代遅れにも感じる昭和のお笑い」と思ってしまうじゃないですか!
Old とは、つまり、「今」に対する「昔」であり、「もう戻ってこない瞬間」のこと。
それは、「あのとき」のことではないかと!