INTERPRETATION

「日本の不思議」

木内 裕也

Written from the mitten

 これまで何度かアメリカの不思議について書きましたが、久しぶりに日本に戻ると、日本の面白い部分が見えてきたり、それまで疑問に思わなかったことが疑問に思えてきたりするものです。3週間弱日本に一時帰国して、そんな風に感じることがいくつかありました。

 1つ目は友人と居酒屋に行った時のこと。1メートルくらい離れたテーブルに会社帰りと思われるサラリーマン風の男性が座っていました。小さな1人用のテーブルで、飲み物やおつまみがいくつかありました。そんな彼が小さな日本酒(私は詳しくありませんが、200mlも入っていないのではないかと思われるサイズでした)を注文すると、すかさず店員さんは「おちょこはいくつお持ちしますか?」と確認。もちろん彼は「1つでいいです」と答えたのですが、私にしてみれば聞くまでも無い質問に感じました。彼の様子からして、帰宅途中に食事とお酒を楽しんでいるのは明らか。すでに食事をしていましたから、宴会のメンバーを待っている、という雰囲気ではまったくありませんでした。せめて「おちょこは1つでよろしいですか?」と言った聞き方であれば、もう少しお客さんの様子を気にかけて接客しているのが伝わってきたでしょう。応対が機械化しているのかな?と思わせるシーンでした。

 次に関心を寄せたのは、本のカバー。書店で本を購入すると「カバーをつけますか?」と聞かれます。これは本が汚れないように、という目的なのでしょうか? それとも電車の中で他の乗客にどんな本を読んでいるのか知られたくない、という気持ちがあるからでしょうか? どちらかわかりませんが、もしも後者の場合、それは非常に矛盾を生み出すことになると思います。電車の中では日経新聞のようなものから、「人前で読んでいいのだろうか?」と思われる写真の載っている新聞まで、色々な新聞を沢山の乗客が読んでいますが、それを隠そうとする人はいないように感じます。雑誌も同様です。それに対して本はなぜかカバーをかけるのです。汚れを防ぐためかもしれませんが、それでも大半の人が本にカバーをしているのは「何を読んでいるのか知られたくない」というメッセージを送っているような気もします。

 次は手土産。日本よりアメリカのほうが気軽に友人の家に遊びに行きます。そんな時はお菓子や料理が作れる人は自分で作ったものを持っていったり、そうでないと途中のお店で何かを買ったりします。そんな時に気にするのは、自分や相手、そして一緒に遊びに行く人が何を食べたい(飲みたい)と思うか。多くの場合の前提として、一緒にそのお土産を食べるという考えがあります。しかし日本ではそうでないことが多いようです。それに加えて、「そのお土産が金額相当に見えるか」ということも判断基準の1つとなるようです。これはビジネスをする人にとって重要な点かもしれません。どんなに高品質でも、見た目が金額を反映しないと消費者は買ってくれないかもしれないのです。

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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