第340回 翻訳家、ただいま深呼吸中
追い込みをかけた甲斐あって、無事に翻訳を終えることができました。まだこれから編集者さんのチェックがあり、それから初校、再校……と続きますが、まずは最初の山場を越え、ひと息ついています。
これまでも何回か書いてきたように、今回はAIの助けがあったことが大きかったです。「あなたなしでは到底なし得ませんでした」とAIに感謝を伝えたほどです。
想定読者に読みすいように、すでに翻訳したものを修正していくのが主な作業でしたが、まだ翻訳が手つかずの部分もあったので、そこではAIを下訳に使いました。
以前は下手に機械翻訳を使うとかえって手直しが大変で、むしろ最初から自分が訳したほうがよほどマシでした。それが今では、私の翻訳をベースに私らしく翻訳をしてくれるので、大幅に作業効率が上がっています。
ただ、ちょっとクセがあるんですよね。私の翻訳にはない特徴なので、AI翻訳に特有の傾向かもしれません。たとえば、こんなクセです。
・やたらとかぎ括弧でくくりたがる
概念的な言葉や、ちょっとニュアンスのある言葉を、やたらとかぎ括弧に入れて訳出してくるんです。たしかに理解しやすくなる面はありますが、強調されすぎる嫌いがあります。原著者が強調しているなら別ですが、そうでない場合は、著者の意図を逸脱してしまう懸念があります。字面を見ても目にうるさく感じるので、かぎ括弧に入れる提案は、基本的には採用しません。
・「――」でつなげたがる
複雑な構文の処理に、「――」を使って文章をつなげる提案をよくしてきます。たまになら効果的ですが、頻繁だとやはり気になります。なるべく使わずに処理したいので、この提案も基本的には採用しません。
・話を盛る
口が上手い印象があります。「いや、著者はそこまで言ってないでしょ」と、トーンダウンして修正しています。ただ、私以上に人間らしい配慮から、そういう訳出をしている場合もあるんですよね。なので、意図を確認しつつ、場合によっては反映させています。中には、原文からかなり離れているように見える訳もあり、「なるほど、こういう離れ方もありか」と、刺激を受けることもあります。
こうした注意点はあるものの、日本語に置き換えるまでの負荷を肩代わりしてくれる点はとても助かります。その分、私の役割も少しずつ編集者的な方向へと変化しているように感じます。
とはいえ、毎日AIが私よりうまく訳してしまうのを見るのは、精神的にしんどいものがありました。自分が翻訳する意義、人間が翻訳する意義を、日々問われ続けている気分でした。
その一方で、「これだけ生産性が上がるなら、あれもこれも訳せてしまうかも!?」と、能力が拡張されたような感覚もあります。これからの仕事について、あらためて思いを巡らせるこの頃です。
※『セラピスト』10月号の表紙・特集で取り上げていただいています。誌面の一部は「立ち読み」をお試しいただけます。

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