INTERPRETATION

気配りとおせっかい。この違いは?(その1)

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 アンケートや申込書などに「職種」の欄がありますが、ここに記入する際、私はいつも迷ってしまいます。というのも「通訳業」というのがどのカテゴリーに分類されるか、私自身、今一つ把握しきれていないからです。

 職種として掲げられているのは、たいてい「会社経営」「公務員」「営業職」「自営業」「学生」などです。フリーランスであっても法人化していれば、通訳者といえども「会社経営者」になりますし、通訳業イコール頭脳労働ととらえれば、弁護士や医師同様に「専門職」と分類することもできます。私としては、「通訳翻訳者」というカテゴリーが必ず職種欄にお目見えするぐらい社会に認知されれば良いなというのがホンネです。

 ただ私自身、「通訳者」をどうとらえているかと言えば、「サービス業」に近いという感覚です。もちろん、言葉を操る専門職であることに変わりはありません。けれどもどのような職業であれ、昨今の時代、サービスマインドが求められるのではないでしょうか。

 サービス精神に一番必要なこと。それはやはり「気くばり」です。相手が何を求めているかを察しながら、ベストなサービスを提供していくことがお客様の満足度につながりますし、それが継続的な仕事に結び付いていくからです。ただし、通訳業を営む場合、「気くばり」と「おせっかい」は必ず分ける必要があると私は考えています。今回は今週と来週の2回に分けて、気くばりとおせっかいの違いについてお話していきましょう。

 以前、私がアテンド通訳をしたときのこと。赤坂でのビジネスミーティングを終えてランチタイムに差し掛かったとき、来日したお客様が「回転寿司が食べたい」と突然おっしゃいました。あいにく赤坂かいわいに当時は回転寿司店が一軒もなく、私は途方に暮れてしまったのです。このようなとき、通訳者は3つの選択肢に直面します。

 1つ目は「申し訳ありませんが、近所に回転寿司のお店はありません。別のお食事でもよろしいですか?」とお断りして、ほかの日本料理をご案内する。

 2つ目の選択肢は「回転寿司店はないのですが、カウンター席で職人さんの包丁さばきを間近で見られるお寿司屋さんはあります。そちらをご案内しましょうか?」と別のお店をお薦めする。

 3つ目としては、お客様が夕食時に1人で回転寿司店へ行けるよう、自分の知っている回転寿司店を地図に書いてお渡しする。その際、店名と住所・電話番号を日本語英語両方で記し、タクシーのドライバーが見ても分かるようにしておく。ご本人が自力で行きたい場合もあるので、地下鉄での道順も書いておく。

 では通訳者はどの選択肢をとるべきでしょうか?やはりサービス業という観点から考えると、選択肢1はあまりにも通訳者中心になってしまいます。できれば選択肢2と3両方をご提供するぐらいのマインドがあると良いでしょう。ちなみに当時の私はまだフリーランス通訳者として日が浅く、とった選択肢は2でした。今にして思うと、日ごろから色々と自分なりのデータベースを持ち、3つ目の選択肢までお薦めできたら良かったなと思います。

 なお、一番やってはいけないのは、「私は通訳そのものをやるのが仕事だから、お寿司屋さんのことは何もわからない」と思い込んでしまい、それを態度で示してしまうことです。お客様は遠路はるばる日本までいらしています。短い滞在を実りあるものにしていただければという思いを通訳者が持つことこそ、素晴らしいサービスに結び付きます。

 来週は「おせっかい」についてお話します。

 

(2010年8月16日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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