第270回 雨で予定が中止になったときに思い出す詩
雨の季節。お出かけやイベントが、雨で中止になることが少なくありません。
がっかりして、降りしきる雨を窓から見ていたら、ある詩を思い出しました。
雨が降り、止んで、太陽が出てくるという一連の流れを描いた最高傑作と思われるので、雨の季節に紹介したかったんです。
まず雨がぱらぱらと降り出した瞬間をイメージして読んでみてください。
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Summer Shower
Emily Dickinson
A Drop fell on the Apple Tree –
Another – on the Roof –
A Half a Dozen kissed the Eaves –
And made the Gables laugh –
A few went out to help the Brook
That went to help the Sea –
Myself Conjectured were they Pearls –
What Necklaces could be –
The Dust replaced, in Hoisted Roads –
The Birds jocoser sung –
The Sunshine threw his Hat away –
The Bushes – spangles flung –
The Breezes brought dejected Lutes –
And bathed them in the Glee –
The Orient showed a single Flag,
And signed the fête away –
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夏雨
エミリー・ディキンソン
雨粒が 林檎の木に落ちる
またひとつ雨粒が 屋根に落ちる
そのうちいくつかの雨粒が
庇にゆっくりやさしく触れて軒を笑顔にする
そのまたいくつかの雨粒は小川に流れこみ
海への旅を続ける
考えてみると 雨粒って真珠みたいで
素敵なネックレスになりそう
土手の土埃は洗い流されて
鳥たちはおどけて歌い
陽の光は帽子を投げてお祝いし
木々の枝は露にまぶしく光る
そよ風が寂し気なリュートのような音色を
喜びの輪の中にもぐりこませる
東の空に旗が揚がると
この祝祭にも終わりが訪れる
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雨の降り始めの優しい雰囲気から、雨が止んで陽の光が差してきたときの一瞬の煌めきまでの物語のような構成。小さなディテールから壮大な景色までに目を配った詩人ならではの視点。比喩を巧みに使って描き切る描写力。
詩とはこういうものだ!と言いたくなります。
A Drop fell on the Apple Tree –
Another – on the Roof –
A Half a Dozen kissed the Eaves –
And made the Gables laugh –
雨粒が 林檎の木に落ちる
またひとつ雨粒が 屋根に落ちる
そのうちいくつかの雨粒が
庇にゆっくりやさしく触れて軒を笑顔にする
まず、雨の降り始めの情景が素敵ですよねえ。
雨粒が、ボツッと落ちてきて、それがボツボツッとなり、サーッと降り出す雨の様子が、段階的に描かれています。しかも、雨粒の動きまで繊細に描いています。空から落ちてきた雨粒は、まず林檎のリンゴの木に、次に家屋の屋根に、そして屋根の傾斜に沿って流れた雨粒は、軒や庇にたまっていく。
A few went out to help the Brook
That went to help the Sea –
Myself Conjectured were they Pearls –
What Necklaces could be –
そのまたいくつかの雨粒は小川に流れこみ
海への旅を続ける
考えてみると 雨粒って真珠みたいで
素敵なネックレスになりそう
雨の降り始めを、屋根の上を繊細に描写したかと思うと、その次は、雨粒の大冒険という壮大な物語になります。
空から舞い落ちた雨粒は、林檎の木、屋根、軒や庇を辿り、小川に流れこみます。どんぶらこと流れていくと、行きつく先は海!
さらに、そんな雨粒は真珠で綺麗なネックレスになりそうだと、妄想が止まらなくなっています。
The Dust replaced, in Hoisted Roads –
The Birds jocoser sung –
The Sunshine threw his Hat away –
The Bushes – spangles flung –
土手の土埃は洗い流されて
鳥たちはおどけて歌い
陽の光は帽子を投げてお祝いし
木々の枝は露にまぶしく光る
雨の物語は、まだ終わりません。雨が去った後の情景が、また素敵です。
帽子を投げてお祝いするというのは、欧米の卒業セレモニーの様子のようですよね。で、誰が帽子を投げているかと思うと、陽の光!
そんな陽の光に照らされて、そこかしこで露がまぶしく光るという、最高に美しい景色!
と盛り上げたところで、やっぱり寂し気な結末にもっていくのが、詩人エミリー・ディキンソンのずるいところなんです。
The Breezes brought dejected Lutes –
And bathed them in the Glee –
The Orient showed a single Flag,
And signed the fête away –
そよ風が寂し気なリュートのような音色を
喜びの輪の中にもぐりこませる
東の空に旗が揚がると
この祝祭にも終わりが訪れる
雨が上がった後の奇跡のような時間は長くは続きません。露を光らせた陽の光が、だんだんと昇っていくにつれて、露は消えてしまい祝祭も終わってしまいます。
なにが詩らしいなあと思うかと言うと、「寂し気なリュートのような音色」ですよねえ。
こういう寂し気なキーワードを入れてくるので、喜んだり悲しんだり、読む方の心は忙しくなります。つまり、究極的には、雨という比喩を使った人生の喜びと悲しみの物語だった!ということになります。
雨粒ひとつから人生の機微を感じさせる。これぞ、詩ですね!
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今回の訳のポイント
雨粒の冒険物語を描きながら、喜びと悲しみという普遍的な感情にまで訴えてくるこの詩。
擬人化や比喩の手法も独特で、ユニークな詩になっています。
A Half a Dozen kissed the Eaves –
And made the Gables laugh –
そのうちいくつかの雨粒が
庇にゆっくりやさしく触れて軒を笑顔にする
これ以外にも、雨粒がネックレスだったらと想像してみたり、陽の光が帽子を投げてお祝いしたり、太陽が東の空で旗を揚げて合図したり、盛り沢山です。
日本語では比較的多い、こうしたとっぴな擬人化や比喩は、実は英語圏の伝統としてはあまり一般的ではありません。だからこそ、異彩を放っていると言えます。
逆に言うと、情緒的で内省的な傾向があると言われる日本人にとっては、あまり違和感なく、素敵な詩だと思えるのかもしれません。