第685回 何を捨てるか?
コロナ禍の頃は通訳業界もご多分に漏れず仕事が激減しました。幸い私は大学や通訳スクールで教えていたため、定収入は何とか確保。一方、フリーのガイド通訳業に携わる知人は仕事が無くなり大変だったようです。でも彼女は愚痴ひとつ言わず「むしろ勉強の時間が増えた!」ととらえ、ガイド仲間と一緒にオンライン学習会に励みました。おかげで今はインバウンドで超多忙。嬉しい悲鳴を上げています。大事なのは現状を憂うのではなく、そこから工夫することなのですよね。
さて、今日のタイトルは「何を捨てるか?」です。通訳業務を依頼されてから当日までやることは沢山あります。そうした中、どう取捨選択すればよいのでしょうか?以下のケーススタディで考えてみましょう。
依頼内容: 某国の人権関連国際会議 日時: 〇月△日 終日 登壇者: 海外の人権問題専門家・国会議員・学術関係者など(一覧は別添) 資料: 一切なし |
依頼日から当日までは1週間!みなさんならどう準備しますか?
まず、「資料なし」とあれども、ここで気を緩めてはいけません。無いなら無いで想像力を働かせて備える必要があります。案としては以下がありますよね:
1 登壇者の名前を検索→プロフィール予習→動画があれば視聴→著作・論文読み
2 関連する単語リストの作成・暗記
他にもやることは沢山あるのですが、とりあえず「内容への準備」としては上記2点となります。
ただ、ここで注意点があります。今やネットで検索すれば、膨大な数でヒットします。そこをどう取捨選択するかなのです。検索結果をすべて読破しようとしても時間がありません。
そこで最近私が心がけているのが、「あえて紙の書籍にあたる」ということ。そもそもPC画面では目が疲れますし、印刷するのも時間・紙が大変なことに。よって、上記事例であれば、「該当する某国の人権」について書かれた本を探すことから始めます。図書館に行けば、同一テーマの本が同じ棚に収まっていますので、そこから関連書を一通り借ります。ちなみに「某国」について関心を深めるため、私は「地球の歩き方」や写真集も揃えます。学術的・通訳的準備だけでは疲れてしまうからです。
こうして書籍をそろえて帰宅したら、まずは本棚に並べます。並べる時のポイントは「発行年の新しい順から」。そして最新の書籍から猛スピードで読み始めます。新しい本には過去の事例なども書いてあるためです。続けて他の本も斜め読みします。このようにして一通り基礎知識をインプットし、追加情報はネットで仕入れていきます。
今の時代、ネットでの情報入手はもちろん、ChatGPTに「通訳内容の予想」さえしてもらうことは可能でしょう。それでもなお私は、あえてこうした手動的作業で臨んでいます。そのきっかけとなったのが、日本航空・小林宏之機長の「集中力とは捨てる技術」という一言でした(https://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/27187.html)。
通訳の準備には終わりがありません。だからこそ、「何を捨てるか?」を考えた上で、限られた時間を有効活用する。これに尽きると私は思っています。
(2025年6月10日)
【今週の一冊】
「限界はあなたの頭の中にしかない」ジェイ・エイブラハム著、島藤真澄訳、PHP、2015年
「ちょっと最近スランプかも」というとき、励みになるのが私の場合はやはり「書籍」です。特に紙版の本であれば、ページをめくりつつ残りの厚みであとどれだけで読了かがわかります。スランプ要素をあれこれ考えるよりも、とにかくページを繰り、最終ページに到達して完了。その達成感が私にとってはやみつきになるのです。
今回ご紹介するのは図書館の159番台の棚にあった一冊。159番台は日本十進分類法で「人生訓・教訓」のジャンルになります。本書の副題は「小さなアクションで、最大の成果を引き寄せる」です。図書館の棚の背表紙を眺めながら歩いていた際、「限界」「小さなアクション」「最大の成果」が私の目に飛び込んできたのですね。
著者のエイブラハム氏は1949年生まれ。今でこそマーケティングの大家と言われていますが、若い頃は様々なことに直面しました。具体的には高校卒業直後のこと。ガールフレンドが妊娠したと告げてきたのです。20歳になるころにはすでに2児の父親となった氏ですが、満足のいく仕事にありつけず、苦しみます。
そうした中、古書店で偶然入手したのが一冊の「辞書」。その辞書を読み始め、ことばを新たに学ぼうと決意します。そこから人生が変わっていきました。
本書には心に響くことばが沢山掲載されています。中でも次のフレーズが印象的でした:
「仕事とは、あなたの『独自の価値』を他者に与えた分が、報酬として与えられることです。」(p61)
こうして平和な日本で仕事ができるというありがたさ。私はいつもそのことを感じます。これからもささやかながら「価値」を提供できるよう、尽力したいです。
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